スタートは、ゆっくり楽しく!!

新入園児、進級時の保護者の方々おめでとうございます。1年間よろしくお願いします。

今年の年長さんは、ちゃれんじ組・たんけん組と名前を付けて出発です。どんな所を探検し、何に向かってチャレンジするのか楽しみですね。

さて、今年も年主題は

「あそび・あそぶ・あそぼうから創造(自由)保育へ ―みんなの違う輝きが一つとなる瞬間をー」です。

じっくり静かな「遊び(静)」から体も心もどんどん動かし「遊ぶ(動)」姿へ、そしてお友だちも教師も一緒に「遊ぼう」と誘い合い、遊びがダイナミックに変化する瞬間をいっぱい見つけたいと思います。
みんな違う輝きを放つ子どもたちの生活・文化をしっかりと受け止め、固定化されないで自由に創造していく保育を目指して行きます。

子どもの成長は、ただ「何かが出来るようになった」ではなく(これも大切ですが)自分で自分らしく挑戦しようとするときの過程で現れる一人一人の瞳の輝きが、私達に成長を感じさせてくれるのです。

今年は、教師たちとメリハリを持ちつつユーモアを大切にしながら過ごしたいと思います。ユーモアとは、笑いであり、心の余裕であり、人間関係の潤滑油です。限りないユーモアを子ども達と楽しみたいと思います。
不安にはユーモアをもって見守って下さい。

創造あふれる楽しい一年間をさあ、スタートさせましょう。

家庭クリスマスのすすめ

「赤は止まれ,黄色は注意,青は進め」という標語がある。私も小さい頃(その頃はかわいい子どもだった!!)そのように教えられた。ところが,最近,この表現ではいけないのだそうである。「青は進め」という命令調だと何が何でも進まなければならないような印象を与えるからだという。
「青は,注意しながらわたってもいい」(つまり青は進んでもいい)となるのだそうだ。いかにも,指示待ち症候群の子どもが多い日本ならではの配慮といわねばならない。「青は進め」とは言っても,最後は,自分の判断でということなのだろう。
しかし,家庭クリスマスに関しては,是非,そのまますすんで始めてもらいたい。家庭クリスマスのすすめなのである。
たとえば,クリスマス(12月25日)を迎える4つ前の日曜日,(今年は11月27日でしたが今からでも遅くありません。)玄関先に,動物だけの家畜小屋を置く。次の日曜日,ヨセフ,マリアと赤ちゃんイエスが増えている。その次の日曜日,羊飼いが,次には博士さんが家畜小屋のそばに。こうしてクリスマスの日には,全部そろった人形を前に,イエス様の誕生を子どもと共にお祝いするのである。またアドヴェントカレンダーを毎日開いていくのでも良いだろう。
さて,12月25日は,時間のゆるす限り,子どもと共に用意しよう。食事やケーキもあまりこらずに,子どもと一緒に作れるものにする。(もちろん一緒に買ってきてもいいでしょう。)テーブルの中央にやや大きめのろうそくを立て,手作りケーキ,夕食は,スパゲッティでも,形を変えたハンバーグでもいいでしょう。さらに,世界の子ども達を覚えての献金箱やお友達のお皿も置いて自分達だけ楽しむのでないことを共に感じましょう。
大人には,ワインやビール,子どもにはジュースや麦茶などを用意して・・・さあ,家庭クリスマスの始まりです。子ども達が覚えたクリスマスのさんびかを歌ってもらい,この≪しょうえいだより≫の聖句を一緒に読もう。すると,子どもが自然にお祈りしてくれるでしょう。
大人同志の,また仕事の付き合いもあるだろうが,「25日は家庭のクリスマス」と勇気と自信をもって言ってしまおう。すると,きっといつか子ども達から,すてきな心のこもったプレゼントをもらえますよ。

りのんちゃんのお誕生会

10月のお誕生会は19日に行われ、幼稚園ホールで合わせて10人のお友だちをみんなでお祝いしました。とても楽しいひと時でした。さくらんぼ組さんも、お部屋で2人のお友だちをお祝いしたようです。

でも1人だけ10月生まれなのに参加できないお友だちがいました。そうです、入院しているりのんちゃんです。そこで、工藤絵理先生を中心にどうしようかと思案していていたところ、27日(木)4時にお母さんと一緒に遊びに来てくれることになりました。まだ、お友だちとは直接会えないけれど、先生たちでりのんちゃんのお誕生会をすることになりました。当日遊びに来たりのんちゃん、初めはちゅうりっぷ組に集まった大勢の先生たちにびっくりで緊張していたけれど、だんだんと慣れてきて、大きい声でお返事したり、笑顔いっぱいでプレゼントをもらったりしていました。喜んでくれて私たちもうれしい気持ちになりました。記念写真をたくさん撮りましたよ。
りのんちゃん、玄関で何度もバイバイをして嬉しそうに帰っていく姿が印象的でした。

子どもたちと共に考え,創るうんどう会

幼稚園時代の「うんどう会」と聞いてみなさんはどんなイメージをもたれるでしょうか? 

私たちは、小学校とは一味違う幼児期の「うんどう会」を探し求めて来ました。まだまだ途上ですが、今まで考えてきたことをいくつか紹介します。

第1に、「子供のたのしい世界は、遊びから広がる」です。
最初に大切にしたい点は、教師主導で用意したものを子供たちに練習させて教えるのではなく、日ごろ子供たちが遊びの中で発見したさまざまな体験を、発展させながら「うんどう会」につなげるという考え方です。教師の用意したものを教えれば、かなりうまくできますし、親や教師の満足度も大きいかもしれません。しかし、子ども達が、心から納得し、作りだし、取り組んだかという点から見れば不十分なのです。幼児期に「うんどう会」をする動機や意欲を育てるためにも大事だと思います。

第2に、「もし競技が出来なかったとしても、その子なりに一生懸命だった気持ちを受け止めよう」です。
これは、親にとっては、なかなか難しいですが、前日まで緊張して「うんどう会」を待っていた子が、当日とうとうお腹が痛くなってしまうとか、練習はうまくいったのに、当日乗り切れずに、参加できなくなる場合もあります。また、単純に、母親を見て離れられなくなるケースはよく見かけるでしょう。いつもと違う大観衆は、まるで、東京ドームの観衆のように映るものです。大人でも、人前では緊張します。まして幼児なら、不思議ではありません。

「うちの子は、繊細なんだなあ」とゆっくり受け止めて、「来年は踊ろうね、走ろうね」と思えたら最高ですね。ここで叱ったら、子どもにとって益々いやな「うんどう会」になってしまいます。

第3に「親子で楽しく待ちましょう」です。
 「うんどう会」の楽しみは、競技だけではありません。どんなお弁当・どんなおやつ・誰が見に来てくれるの?など、たくさん楽しみにしていることがあります。これらすべて含んで「うんどう会」なのです。お友達を応援することもそうでしょう。それぞれのクラスのお友達が、どんな工夫をし、教師と考えながら楽しいうんどう会を準備したかぜひ見ていただいて、応援していただきたいと思います。きっと幼児期の子どもたちらしい輝きが見られるはずですから。

第4に「1番2番や勝ち負けは、単なるひとつの節目」です。
幼児期の「うんどう会」も競技(競争)がたくさんありますから、1番になったり、最後になったり、勝ち負けは付き物です。勝ったならば、一緒に喜んでください。でも負けたって、一生懸命の結果ですから、ほめてあげてください。そして、次の意欲につながることを信じましょう。

「うんどう会」も、結局は、その子がどのような大人に育っていくのかを見据えながら、はぐくんでいくものだと思います。ですから、「子どもたちと共に考え、創る」事を何よりも大事にして、今年も運動会を準備しています。

5才児(年長)に大切なこと

今月は、5才児(年長)の成長にとって必要不可欠なものを取り上げたいと思います。


年長児は、乳児期・幼児期を通して最初の完成の時期と言われます。これまで、心や身体を使って経験してきたことを全身で統合し、次の学童期・思春期へと船出する重要な時期だからです。 ですから、幼稚園は、単純に小学校へ適応するための準備期間ではなく、脳の発達を含めて、人間として生きるための基礎を確立する大切な節目の時なのです。幼稚園が、歴史上学校とは違う独自な幼児教育を研究し用いてきた理由でもあります。(予備校化する幼稚園が増えていることに危惧しています)

今回は、「5才児に大切なこと その1」として、では幼児期の完成とは何か?また、どのように生み出されるのかについてお話ししたいと思います。

 年長児も、乳児期に母や父、祖父母や兄弟姉妹などの愛情につつまれて成長し幼稚園に入園してきました。

 そして、年中までに、ケンカをしたり、意見交換したり、工夫したりしながら様々な遊びを見つけ挑戦してきました。

 年長になりこれらを統合し、1つのテーマの下でさらに発展させながら創造遊びへとつなげてゆきます。

 このテーマとして、みんなで話し合い、愛情を注いで名付けたクラス名がその役割を担います。

 今年は、それぞれ「ちきゅう」と「みらくる」を土台として1年間の取り組みが進められます。

 ここに、数遊び(足したり引いたり)・文字・手紙(文章作り)・形(図形)・造形と絵画・歌やダンス・体操、さらには、対立と協力・自己主張と譲歩・平和・命(飼育や野菜作り)などの要素がふんだんに盛り込まれ創造保育が生み出されて行きます。


この創造保育こそ幼児期に心と身体の調和を生み出し、記憶(知識や知恵)と感性(喜怒哀楽)を紡ぎだし、幼児期の完成へといざなうのです。

教師は、全体を出来るだけ捉えつつ子ども達の発想に工夫と準備で応え、援助やアドバイスをしながら遊びに共感して接していきます。



 創造遊びの過程に、1つの正しい答えなどありません。間違っても失敗してもいいのです。自分なりに意欲を持って取り組み、達成感へとつなげることが大切です。これら乳児期から幼児期への営みを通して、思春期に最も重要な要素の1つとなる自己肯定感が、一人ひとりの中に確立されてゆくのです。幼児期の完成とは、まさにこの自己肯定感にほかなりません。




 ★創造遊び:これまでの全ての経験を土台として、指示されたからでもなく教師に準備してもらったからでもない、子ども達の中から生まれる単なる「まねごと」でない遊びのこと

おせっかいお姉さん・お兄さんがいっぱ~いの4才児!

    

前回3才児は、「元気いっぱい自己主張をし、エネルギーを外に向かって発散させる時期です」と山田真理子先生の『機微を見つめる~心の保育入門~』を引用しながら考えました。今回は、4才児の発達課題を取り上げたいと思います。山田先生は、4才児の項目を『「私がしてあげる」(おせっかいと仲間意識)』と題しています。「自己主張を十分に発揮し『自分』を(つか)んでいった子どもは、4になり、今度はその自分を使って何かがしたくてたまらない時期になります。『これしてあげる!』手伝ってあげる!』『私がする!と先を争うようになります。」このような気持ちをしっかりと受け止める活動が、幼稚園でもとても重要なものとなります。

さらに、『この4才児のおせっかいは、人間関係においてその子が将来『人とつながろうとする』『人に手を差し伸べようとする』『見て見ぬふりをしない』人間になることの第一歩なのです。』

私たちは、つい4才頃の子ども達が何か手伝おうとすると、「かえって足手まといになる」「よごすだけなんだから」と否定的に捉え妨げてしまう傾向があります。しかし本当は、「自分から何かしようと一歩前に出る⇒誉めてもらえる⇒うれしいという体験をたくさんすることが大事なのです。」

なかなか家庭では十分応えにくいでしょう、せめて幼稚園でこのような視点を大切にして保育したいと思います。

また、体がぐんぐん成長する時期でもあります。全身を使って活発に遊ぶ、特に外遊びでの鬼ごっこやかけっこ、水遊びは、脳をグーンと刺激し心身の成長を促してくれます。

なかなか、外からではとらえにくい、心や体の中の活発な活動と成長を一緒に見守っていけたらと思います。

成長の礎

 

人間の土台作りと言われる幼児期。11日の生活がその後の成長に大きな影響を与えます。小学校時代には、あまり気づきませんが、第2次自立期にあたる思春期に現れてきます。

教師達で学んでいる『機微を見つめる~心の保育入門~』を書かれた山田真理子先生は、本の中で次のように語ります。

元々『子どもの成長を促すものでなければならないはずの保育が、「子どもにプレッシャーをかけ」たり「無理やり引っ張り上げようとし」たり、 「押し付け」や「教え込む」傾向を強く持つものになっているように思います。そのために、本来幼児期で体験しなければならないはずのことがやり残されてしまい、そのやり残したことのために、思春期で子どもたちがつまずいてしまうのです』

そうなのです。思春期のつまずきの一因は、幼児期の大人の対応にあるのです。

では、幼児期にやり残したこととは何でしょうか。

そこで、山田先生に、もう少し語っていただきます。『三才は、「自己主張期」であると言われます。……そうであるなら、思う存分自己主張をし、反抗し、いろいろなことを試して、個性を表出させることが三才児の保育であるべきで、決して同じ材料を与えて同じものを作らせることが日々の保育展開であってはならないのです。大事なことは、発達段階としてとらえられていることを、実践の中で、子どもたちが目一杯体験できているかです。』

つまり、私たちは、その年齢に合わせた保育を保障する必要があり、また、その子の心や体の状態を理解し、発達に合わせた遊びや体験を十分に出来るよう援助していくことを大切にしなければなりません。

文字を無理に教えたり、鼓笛隊などの練習で、教師も子どももイライラしたり疲れてしまうことは、やり残しを増やすことになってしまいます。

教師は、いつも、子ども達が、目一杯体験できているかどうか気を配りながら保育にあたるように心がけたいと思います。それは、消極的にではなく、積極的に子ども達の遊びを見守り援助していく姿勢につながるのです。

「つまずきに石」ではなく、「成長の(いしずえ)」になるよう心がけたいものです。

 

(※自立期は、一般には反抗期と言われますが、これは大人の見方。子ども達は、それぞれ親から自立しようと準備している時期です。)

ユーモアといっしょに冒険しよう

どんな表情をしてくるのだろう。どんな期待をしているのかな。

毎年、新しく子ども達を迎える私たちは、想像たくましく、4月を迎えます。
また、今年の年長さんのクラス名は「ちきゅうぐみ」と「みらくるぐみ」に決まりました。どんな冒険が待っているのか私たちもワクワクドキドキしています。

さて、今年も年主題は、
「あそび・あそぶ・あそぼうから創造(自由)保育へ
―みんなの違う輝きが一つとなる瞬間を―」です。

じっくりと静かな遊び(静)から体も心もどんどん動かし遊ぶ(動)姿へ、そしてお友だちも教師も一緒にあそぼう(誘い合い)とダイナミックに変化する瞬間をいっぱい見つけたいと思います。みんな違う輝きをはなつ子どもたちの生活・文化をしっかりと受け止め、固定化されないで自由に創造していく保育を目指しつつ、一年間歩んでいきます。
そして、子どもの成長はただ、「何かが出来るようになった」ではなく(これも大切ですが)、自分で自分らしく挑戦しようとするときに現れる一人一人の瞳の輝きが、私達に成長を感じさせてくれると信じています。

今年は、教師たちと、メリハリの中にもユーモアを大切にしながら過ごしたいと思います。ユーモアとは、笑いであり、心の余裕であり、人間関係の潤滑油です。限りないユーモアを子ども達と楽しみたいと思います。不安のある保護者の方も、子どもたちの成長を、ゆっくり、楽しく、そして、時にはユーモアをもって見守ってください。
創造あふれる楽しい一年間をさあ、スタートさせましょう。

げんきに昆虫はっけんの旅

「今の子ども達は、自然の中で遊ぶ機会が減ってしまいました。」と言われて反論する人はおそらくいないでしょう。では、どのくらい減ったのでしょうか?
最近の小中学生への調査では、10年ほど前との比較でさえ「トンボやバッタなどの昆虫を捕まえる」「海や川で泳ぐ」割合が約20パーセント減ったと公表されました。(国立青少年教育振興機構)
では幼稚園時代ではどうなのでしょう。

私が伝え聞くところでは、少なくなったばかりでなく、土に触れる機会さえ奪われているようです。安心して遊べる空き地や公園がなくなりましたし、犯罪の増えた町に子どもだけで遊ばせるのは危険にもなりました。

このような社会の変化と共に、大人の認識も変りました。服を汚すくらいだったら、規律正しい生活をし、身につくことをしなさい。さらに、幼児期に,お勉強もさせて小学校への準備をしたほうが良いという考え方です。
しかし、本当にそれで良いのでしょうか。

私たちの食べ物を含め、すべての生き物は、水や土から生まれました。私たちの肉体も大地に根ざしてこそ生きるものとなるのです。さらに、神様によって造られたこの命は、やがて魂は天国でも肉体は土に返るのです。

土こそ生きる源であり、理性と感情が未分化な幼児期にこそ土(砂場や泥遊びも含む)との触れ合いが欠かせません。ですから、大地やそこに住む生き物との対話を幼児期にこそたくさん経験させたいと私は強く願っています。

バッタを見つけた子ども達の目の輝きは、とても言葉では言い表せないほどすばらしいものです。それは、新しい命との出会いであり、かけがえのない親友との出会いでもあります。この出会いなくして、「心のやさしさ」はなかなか生まれてこないのです。一見残酷に見える昆虫への扱いも、私には命との対話に見えてきます。

皆さんも小さい頃、残酷に扱かった昆虫の小さな命のことなど忘れられない思い出をお持ちではないでしょうか。幸い幼稚園の近くには、まだまだ田んぼや空き地が広がっています。天気のよい日、しょうえい幼稚園のお友達は、笑顔になっていそいそと出かけていきます。げんきいっぱいはっけんの旅に出かけるのです。お友達は、まだ気づいてはいないけれど、ここには大人になった時の生きるヒントがたくさん隠されているのです。
さあ今日も、命との対話を始めましょう。(げんき・はっけんは今年の年長組みのみんながつけたクラス名です。)

子を抱くその腕と心に

「泣くからといっていつも抱っこをすると抱きぐせついてしまう」とか、反対に、「赤ちゃんが泣いたらしっかり抱っこして受容しましょう」と言われたりします。どちらが正しいのでしょう。昔、我が子を眺めながら考えた事がありました。
そこで、気づかされたのは、出来るだけ抱かない方が良いとか、または、しっかり抱いた方が良いという二者択一が大切なのではなく、赤ちゃんが今、何故泣いているのか、そして、何を要求しているのかをしっかりと受け止め、理解するように 心を砕くことなのだということでした。
つまり、赤ちゃんの立場で考えるようにすることで、おのずと自分の行動もだんだんと分かってくるということでした。 そのやり取りが、心の交流信頼感も育ててくれるのです。これは、決して甘やかしとは違います。甘やかしとは、こちらが辛いから、時間がないからと子どもの欲求を、自分の都合で受け取ってしまう態度です。ですから、心に寄り添う子育てではなくなってしまいます。 幼稚園時代もその延長線上に広がってゆく親子の世界といえましょう。

さて、「逆カルチャーショック」という言葉をご存知ですか?
たとえば、はじめて日本に来たフランス人が、言葉・食事から習慣まで、その違いにショックを受けるのは当然でしょう。
しかし、必死に溶け込もうと努力して、5年ほど暮らす内に日本の文化に慣れてきます。 その頃、久しぶりにフランスに里帰りしたとしたら、フランスの食事に戻るのに時間がかかったり、玄関でつい靴を脱ごうとしたり、日本に慣れれば慣れただけ、フランスで少々苦労します。このように「逆カルチャーショック」を受けながら、日本文化とフランス文化の違いをじっくりと考えさせられるというのです。
子育て中のお母さんが、幼稚園入園と共にカルチャーショックと似たものを経験し、悩んだり、迷ったりしながら、自分も変えられつつ努力される。それから、1年・2年・3年と経つうちに、園生活での子どもの気持を理解し始め、楽しく眺められるようにもなります。
そして、現代の社会に目を移すとき、その違いや厳しさにショックを受けることがあるのではないでしょうか。自分自身が、少しずつ、子どもの立場に立つ子育てに変わる中で、いかに今の子ども達が、時間を奪われ、遊び場を失い、幼い頃から勉強まがいの事をさせられ苦労しているか、気づき考えさせられるのではないかと思うのです。
一度しかない幼児期を、その子なりの育ちで見守りたいですね。 ここから親としての真価が問われるのかもしれません。子どもの立場に立つ親として努力される事を期待し、また見守りたいと思います。

今私は、生まれたばかりの初孫を抱きながらそうなりたいと願っているものですから。

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