書くこと、並べること
豊橋市美術博物館との同時オープンのため、
個展の初日に遅れて、21日は個展のオープニングパーティ。
久しぶりに映像を流してトーク。
今回の話のテーマは「書くこと、並べること」
私にとっての「文字を書くこと」は前回のブログに書いた。
そのことと「物を並べること」はどのように繋がるのか。

ここで写している作品は1987年の双ギャラリーでのインスタレーション。
ギャラリーに隣接した井の頭公園の枯れ枝をギャラリーの床に並べたもの。
一筆、一筆、画面に点を書くように枝を並べてみたものだ。
夜、客も帰り、静まりかえると枝に棲む虫たちの枝を噛む音が聞こえだし、
朝、枝の下に木屑の小さな山ができていた。

オープニングを終え、
帰宅すると奇しくも
双ギャラリーの塚本豊子さんがギャラリー創設の1985年からの15年を記した
『画廊と「日常」』が届いていた。

私と双ギャラリーとのお付き合いは長く、
それほど、太い縁ではないが折り目折り目で声を掛けていただいた。
記念展にも何回か参加した。
早速、一読。
幾つかの現場に立ち会った者としては
文章には書けないのだろう行間が想像でき
面白かった。
個展 春と修羅より
「現代美術 in とよはし」の開会式が豊橋市美術博物館で行われ「線庭」が公開され、
同時に豊橋市内のギャラリーサンセリテでの個展「春と修羅より」も始まった。
入口には芭蕉の句。



今回のタイトルは「春と修羅」
宮沢賢治の詩集を中心に書いてみた。
今回の個展も文字を書いている。
何故文字を書くのか。
絵画とはなにか。
それは画家の美意識によるストロークで紙面を満たすことだ。
それが具体的なものを描くのであれ、
何ら具象性を持たないものであれ
結果としてストロークで画面が満たされることには違いない。
その意味で画面に何が描かれているかは絵画の制作に関係ない。
観る者は画面のストロークと
それによってもたらされるマチエールに惹かれる。
それは、歌手が歌う歌詞の内容以上に
その歌手の天性の声質に我々が惹かれることに似る。
もちろん、描かれる内容や歌詞の意味が
無意味と言っているのではない。
マチエールや声質が人間の感動に対して
それがより直接的で、
強いインパクトがあると考えている。
通常の絵画ではストロークが前もって決められることはない。
描くにつれ、その結果をもとに、
それが瞬間的な判断であれ、作者の意志で決められる。
対して「文字」を書く場合
文章には前もって、文字の並びが決定され、
その文字には書き順が決まっている。
つまり、作家はその手順の通り手を動かしていく。
その結果、画面がストロークで満たされる。
それでは現代の書家の全てが皆そのような評価の対象かと言えばそれは違う。
なぜならば、そこには「上手な字」「読みやすい字」あるいは「古典に忠実な字」
前もって、「画面構成を考え」てみたり、「書く文字の形を考え」てみたりと
只「文字」や「文章」を書くには至っていない。
只「文字」を書くとは、紙面に関係なく、
例えば中央に文字を書くことでもない、
それもまた、中央に文字を書くという構成である。
只「文字」を書くことで、線が生まれ、空間が生まれる。
それ以外の何物かの介在を許した瞬間、画面は破綻し品格を落とす。
それが「文字」を書くことの意義であり、
「文字」を書くことを選択した理由。
そこには作為も虚飾も存在は許さず。
己を守ってくれる武器を持たず、
己の存在をかけて文字を書くことに対峙する
己がいるだけ。
難しいことを書いてしまったが
結果はそんな難しいものではない。
「現代美術 in とよはし」の「線庭」と共にご覧ください。
個展は、2月12日まで
オープニングパーティは
1月21日(土)午後6時30分より
お待ちしております。
線庭日記 1/16
掲載を一日休んでしまった。
それには理由がある。
バールで石の微調整をしている時に
ヘルニアを再発してしまったのだ。
一時は横になることも出来ず。
只痛みに耐え、
やや収まった時、夏目氏が様子を見に現れた。
これぞ救いの神。
彼の助けで最後まで残っていた石の搬入を終えることができた。

予約していた整体に直行。
その時にはベットに上がるだけで悲鳴を上げていたのに、
体をさわってもらい始めると先ほどの痛みが
嘘のように消え、なんとか歩けるまでに回復。
帰宅し、体を休めることに専念。
とてもブログの余裕はなかった。
一週間、いろいろあったが
なんとか、美術館を貫き100mの列石が完成。
美術館の過去、現在、そして未来へと繋がれとの思いを込めた。
日本中の町や村が中央と地方の格差や
地域文化の崩壊にさらされ。
地域の美術館もその波と無縁ではない。
しかし、細くささやかだが一筋の道はできたと信じたい。






翌16日は地元の新聞社とケーブルテレビの取材が午前中。
午後からは、サンセリテでの個展の飾り付けが待ち受けている。
そして17日は同時オープン。
それらの報告はまた明日。
少しゆっくりしたいのだが、
まだまだ休めそうもない。
線庭日記 1/14
昨日までで搬入はほぼ終了。
今日からは、細かな調整を一人で行う。

まだ微調整まえの前庭、子供が石の上に乗ったり、
お婆さんが腰掛けにしたりと、
会期前だが、すでに景色に溶け込んでいる。
公園緑地課からクレーム。
夜、危険だから点滅ランプの設置の要請。
自転車に乗った人がぶつかるそうだ。
屋外のインスタレーションは夜も展示時間だ。
公園には庭園ライトもある、
自転車にもライトは義務だろうと、
一言いいたくなる。
今日の作業はバールで持ち上げ石をはさみ安定を取り、
真っ直ぐに並ぶように調整。

ギャラリースペースで展示しているのだろうお年寄りが
聞こえよがしに「こういう作品は独りよがりになりがちなんだ」と
独りよがりな発言。
「作品というのは独りよがりに決まっているだろ。
あなたたちは仲良しグループでみんなで誉めあって楽しいでしょうね。」
と言ってやりたいが、ここは大人になってぐっと我慢。

中庭に面して配置した蹲に水を試しに入れてみた。
なかなか、いい感じ。
石を洗うために購入した高圧洗浄機が威力発揮。
作品だけでなく、作品回りもおそらく開館以来の水洗い。
良い会場になりそうだ。
今回の展示で、美術館の使用の巾が広がってくれるといいのだが。
明日は、最後の調整。
長い展示もいよいよ終了だ。
線庭日記 1/13 修正版
昨日書いたものにエラーがあったようなので、
1月14日の朝に書き換え、書き足した。
昨日(もう一昨日になるのだが)の後庭前のギャラリーの展示。
ギャラリーの受付で使用中でここだけは完成出来ない。

他のギャラリーで展示中に搬入するのも問題だが、
やはり、企画展示の美術館と市民ギャラリーは別の施設にすべきである。
市民や老人クラブの作品展と企画展が同居するのは
どう考えても問題がある。
作品を見る意識まで一緒くたにされそうで、
これでは本来の美術を提示するのが難しいだろう。
などと、今回の搬入には様々なことを考えさせられている。
しかし、搬入そのものは面白く楽しい。
そして順調だ。
朝8時半より、他の展示室の邪魔にならないように
(内心は、こちらは企画展の展示なのにこんなに神経を使うのかと、少し不満。
さらに内心は、それほどではないのだが、人には言って見たい時もある。)
開館前に段差のある中庭に機材の搬入。
今回の人力作業でもっとも足場が悪く、
その上段差があり、危険をともなう。
細心の注意をはらって段取りをする。
ギャラリーから同じレベルの桟橋を出して
チェーンブロックで釣り上げ、その後桟橋を解体
下に用意した台車に降ろし 、
砂利の上に敷いたコンパネの道を移動。
三つ叉とチェーンブロックで再びつり上げセット。



手持ちの機材が、フル出演だ。
こんな機材を持ち、肉体労働に励む人間が
これが終われば、コンマ何ミリの世界で
タイプフェイスのデザインをする。
この落差は我ながら尋常ではないと思う。
美術館で知り合いに出合うと
石の職人かと思ったら味岡さんではないですかと驚かれ、
私を知らない人は間違いなく専門の職人と思うだろう。
午前中に中庭の半分まで終了。
残ったもう一匹のライオンも無事中庭に入ってくれた。
午後からは残り半分の作業。
さすが疲れる。2時間作業するともう耐えられない。
休憩をたっぷり取って作業する。
八角形の何かの台座のようなもの
何にしようしたのか、羽子板のような形に加工したもの
中庭には面白いものが多い。

心配していた中庭も順調に終了。
中庭の中心に訳の分からない彫刻が鎮座しているのだが
それも気にせず、線庭の一部として
仲間はずれにもせず、心の広いところを見せた?。

美術館を貫き100mの石の列が貫き、全貌が見えてきた。
最後に中庭のドアを閉め、
その前に 礎石に使われたであろう
今回の人力での搬入で最も重量のある石をセット。
1トンのチェーンブロックの限界に近い。
玄関の風除室の中にも礎石の一つを入れる。
土の汚れがひどいので、
見かねた学芸員の大野氏が水洗いを手伝ってくれる。

担当学芸員以外にも積極的に手伝って頂き、感謝。
礎石の柱穴には水を入れることにする。
その写真はまたのお楽しみ。
今日の作業でおおよその配置は完了。
明日は微調整をする予定。
線庭日記 1/12

昨日展示したロビー。
正面のガラスに石が映り込み池を越えて石が伸びている。

やはり昨日展示した後庭をギャラリーから見る。
日本庭園の竹に石がなじんで美しい。
この美術館は動物園の跡地に建つ。
おそらく、入口にあったのだろうペアのライオン像。
左の像は顔が欠けているのだが、
その方が像としての強さがあるか。
作り過ぎた欠陥を自然の力がおぎなっているのだ。
ライオンの後ろには蹲がある。
どこかに日本庭園があったのだろう。
展示して、水を張る予定。
本当は館内で水の使用は許されないのだが、
お願いしよう。
ライオンの設置。
公立美術館ゆえの様々な問題、
人の手による彫刻。
歴史の残像、その全てをそのまま受け入れ、
ひたすら並べることで全てが生かされ、
私も生かされる。
午前中の最後の作業、中庭の前に蹲を据える。
光が差し込めば、水が美しく見えるだろう。
石を直接床に据えること、
水の使用、
ロビーやラウンジ、
前庭、中庭、後庭での展示、などなど…
この美術館では始めてのことばかり。
関係者の協力に感謝。
今後の美術館使用の良き先駆となることを願う。
午前中の作業終了。
午後は、後庭の前のスペースに展示。
その報告は明日とする。
美術館の各部屋は貸しギャラリーとして使用中。
その横や前での搬入なので目障りらしく、ささいなトラブル。
その根本の原因は豊橋の美術館の問題点の一つ、
企画展示室と市民ギャラリースペースが分離していないことによる。
そのため、
企画展示と貸しギャラリー展示との違いが
分からない方も多い。。
一日も早い、市民ギャラリーの開設が望まれる。
線庭日記 1/11

初日に完成した前庭。
石が一直線に美術館の入口に向かっている。

石の強さを改めて感じている。
石彫の石のサイズとしてはたいしたことはないのに
すでに景色は一変。
それなのに、昔から並んでいたかのような佇まいを見せている。
今日の作業は後庭のセッティング。
人力の予定の場所だったが、なんとかユニックを入れることができ、
作業がはかどる。

前庭同様に後庭から美術館に向かって延びる石。

前庭から、後庭まで、美術館を貫いて、100m
石が並ぶ。
午前中に細かな調整を除いて作業終了。
午後からは、いよいよ、人力による搬入が始まった。
助っ人の夏目さんに感謝感謝。
用意のエンジンクレーンと木製の移動架台が威力を発揮
心配していた700kgほどの石も無事搬入。
午後4時、本日の作業終了。
予定より、はるかに順調。
日ましに完成が楽しみになっている。
あとは最後まで、事故が無いように気をつけるだけ。
線庭日記 1/10
朝8時30分作業開始。
美術館前庭に石を配置するセンターラインを糸で標す。

9時、石を運んで頂ける職人さん達が到着、ただちにユニックの作業開始。

前もってチェックしてある石を次々に積みこんでゆく。
とても人当たりの良い職人さんたちで、気持ち良く仕事ができて有り難い。
さすが、石の運搬のプロ、手際も素晴らしい。

スリングも今回のために約20本用意しておいたので
降ろす時にもスリングの掛け替えもいらず実にスムース。

まずは、美術館の前庭に石を置く。
選ばず、悩まず、ひたすら石を吊り、降ろすのみ。


数個並んだだけで、石が語りだしてくるのが体感できる。
通りすがる人たちも興味深げに見ていく。
話しかけてくる人も多い。
この石が吉田城以来の歴史を物語ることを理解すると
さらに興味深げに問いかけてくる。
そのことが美術の理解へと直接結びつくのではないが
一般の人々と語り合える切っ掛けとはなるのだろう。
単なる自然石でもなく、美術家の自己表現の形でもない
石自体の魅力とその歴史の強さを
始まったばかりの展示で教えられる。
結果が楽しみになってきた。

写真は昼食前のもの。
昼一番で後二つ並べて前庭の石の配置は完了。
この時点で公園緑地課から
夜、公園を自転車で走る人が当たって転ばないか。
そのための保安についてクレーム。
私としては、計画のプランも図面も提出し許可を頂いての作業なのだから、
展示が始まった途端にこの話はないよの心境。
なかなか、難しいものです。
それもなんとか収まり。順調に作業は続く。
午後4時、本日の作業終了。
並んだ石の回りに人が集まり。
歴史談義が始まった。
びっくりするほど、皆さんが興味を持つ。
まだまだ面白いものが明日からは並ぶ。
楽しみになってきた。
沢山の応援の皆さんにきていただきありがとう。
明日からも公開で制作しています。
話しもはずみ、なかなか楽しい現場だと思いますよ。
線庭日記 プロローグ
いよいよ線庭の制作が始まる。
正式な開始は明日から、15日までに完成の予定。
16日にはサンセリテでの個展の飾り付けが予定されている。
しばらくは、美術だけの日々が続く。
昨日は、制作開始前の準備として、機材と資材の搬入

エンジンクレーン
手製のチェーンブロックの移動式架台
鉄製の三つ叉
500kgと1000kgのチェーンブロック
スリング20本以上
板木用に薪12束
石を据えるための小石約400個
コンパネ10枚その他もろもろ
こんな機材や資材を使っている人間が
この作業を終えると
次の日から、コンマ何ミリの世界で書体作り。
我ながら、この差はなんだ。
使用する石材の選定マーキング。

一つづつチェックすると、思った以上に何らかの歴史の痕跡のある石が多い。
歴史の意味を持たすように並べようか、
それとも無作為に並べるべきか、
このことを、考え続けてきたが、
マーキングの途中で結論が出た。
明日からは、何も考えず、
ひたすら、目に入った順に並べていくことにしよう。
後、残した作業は美術館正面入り口に向かって
石を並べるための、真っ直ぐなラインを前庭に入れるだけ。
今夕、美術館の閉館に合わせて入れる。
明日からは朝9時から、午後5時まで毎日美術館に通勤だ。
制作は公開。
よろしければ、お出かけください。
現代美術展inとよはし
2012年1月17日より2月19日まで、
豊橋市美術博物館ほかの会場で開催される。
あいちトリエンナーレ地域展開事業実行委員会主催
味岡伸太郎展
春と修羅より
ギャラリーサンセリテ
2012年1月17日より2月12日
オープニングパーティー 1月21日(土) 午後6時30分より
新年1月の展示
今年もいよいよ終わり。
ゆっくりしたいのだが、そうも出来ない。
新年早々に二つの展示が待ち受け、その準備に追われ掃除もできない状態だ。
その上、来年には念願の明朝体を完成させる、ほぼ満足できる試作の1000文字まで到達。
来年は美術でもデザインでも楽しい一年になりそうな予感がする。
書体の話は次回の報告として、
今回は新年早々の二つの展示のご案内。
その1は
あいちトリエンナーレ地域展開事業実行委員会主催の
現代美術展inとよはし
2012年1月17日より2月19日まで、豊橋市美術博物館ほかの会場で開催される。

私は「Straight Line 線庭 」を制作する。
吉田城趾(豊橋公園)には歴史の遺物としての石が多数残る。

1505年に牧野古白により吉田城の前身今橋城築城。その後、吉田城となり明治維新、明治18年に歩兵第18聯隊の屯営として終戦を迎え、昭和24年に豊橋公園として一般公開。同29年に開催された豊橋産業文化大博覧会施設を利用して豊橋市動物園開園。45年に動物園は郊外移転。その跡地に54年、豊橋市美術博物館開館。
あるものは石垣の一部であろう。また門扉であったと想像できる切石がある。どこで使われたのだろうか蹲もある。
大小様々100は優に超える。それを美術館の前庭から裏庭まで約100m、館の中心を貫き配置する。
その線上には苔生した石彫もある。池もある。
さらに通路もあり、様々な障害となる施設があり、その上床や地上面には模様まである。
それら全てを歴史と認め受け止め、一筋の「線庭」として新しい歴史を作る。
1月10日より、「Straight Line 線庭 」の制作開始。
15日まで、重機を使用しての搬入予定。
搬入風景も公開されています。
その2は
味岡伸太郎展
春と修羅より
ギャラリーサンセリテ
2012年1月17日より2月12日
オープニングパーティー 1月21日(土) 午後6時30分より

今年も文字を書いている。
何故、文字なのか。
予め決められている文字の並びがあり、その文字には書き順もある。
画面を埋めるための手の動きを考えることもなく。
構成を考えることもなく。
それを只ひたすら書く。
すると、空間がそこに生まれる。
来年も
変わらぬテーマは「委ねる」こと
己を無にし、文字に委ね、石の歴史に委ねる。