湯谷の秋
先日、
日本写真家協会会員の新村猛氏が湯谷の家を訪れ、
取材をかね、沢山撮影されていった。
その写真が昨日届いた。
湯谷の家の秋がよく分かるので一部を紹介させていただく。

湯谷の家にはJR飯田線で豊橋から約1時間。
湯谷温泉駅下車徒歩5分。
車でも国道151号で豊橋から約1時間。
若山牧水は鳳来寺紀行で湯谷温泉について次のように書いている。
「改札口で温泉の所在を訊くと、改札口から廊下續きの建物を指して、それですといふ。成程考へたものだと思つた。湯谷ホテルと呼んでゐるこの温泉宿はこの鐵道會社の經營してゐるものであるのだ。何しろ難有(ありがた)かつた。この大降りに女連れではあるし、田舍道の若し遠くでもあられては眞實困るところであつたのだ。
通された二階からは溪が眞近に見下された。數日來の雨で、見ゆるかぎりが一聯の瀑布となつた形でたゞ滔々と流れ下つてゐる。この邊から上流をば豐川と言 はず、板敷川と呼んで居る樣に川床全體が板を敷いた樣な岩であるため、その流はまことに清らかなものであるさうだが、今日は流石に濁つてゐた。濁つてゐるといふより、隨所に白い渦を卷き飛沫をあげて流れ下つてゐた。對岸の崖には山百合の花、萼(がく)の花など、雨に搖られながら咲きしだれてゐるのが見えた。その上に聳えた山には見ごとに若杉が植ゑ込んであつた。山の嶮しい姿と言ひ、杉の青みといひ、徂徠する雲といひ、必ず杜鵑(ほととぎす)の居さうな所に思はれたが、雨の烈しいためか終(つひ)に一聲をも聞かなかつた。」

湯谷ホテルはすでに閉鎖されたが、駅前に数軒の温泉宿が並ぶ。
その温泉街を左に、つまり川の上流に向かい、踏切をわたる。
踏切の表示は豊橋駅から38k569m。
湯谷の家はその先にある。

敷地のあちこちに散乱していた石を集めた露地。
アトリエと裏庭に飛び石でつながる。
http://www4.atword.jp/ajioka/category/%E7%94%B0%E8%88%8E%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%97/

始めての秋。
やがて来る冬に備えて取りあえず自作した移動式の囲炉裏。
これだけで冬を過ごせればよいが、
寒さに応じて暖房は追加しなければならないだろう。

荒れた敷地の整備で最初に手がけた仕事が、邪魔な木の伐採。
その杉の木で作った椅子と机。
家の内部を改装中はここが休憩と食事の場だった。
今は役目を終え、森の中に移動した。

荒れ放題の裏山だったが、
やっとインスタレーションも可能な空間を確保した。


後ろを流れるのが宇連川。
先の若山牧水が
「板敷川と呼んで居る樣に川床全體が板を敷いた樣な岩であるため、
その流はまことに清らかなものである」
と書いた別名「板敷川」の秋。

河原に降り上流を見る。
飯田線の隧道が抜ける山の姿が美しいが
山の名前が分からない。

家の改装が終わったらここに穴窯を築こうと思っている。
薪は今から準備している。

愛する妻の由美子さんと孫の旭。
新村さんありがとう。
湯谷の家「改装」その3
盆過ぎの「湯谷の家」の中間報告には
一日に約60名の方が訪れた。
楽しい時間を過ごしたが、
週末に二人を想定した家なので、
トイレのタンクが一杯一杯
設置以来の蓄積もあり、あぶなかった。
初めての田舎暮らし、色んな事がある。
風呂場に湯沸かしとシャワーの設置が終わり
内部はおおよそ完成。
これからも、作業は延々と続くのだろうが、
一応の区切り。
これまでも部分的に紹介してきたが、
再度撮影。

形ばかりの門と敷石、
前に住んでいた方が川から上げた石が敷地内に点在、
それを集めて利用したもの。

門を振り返って見る。

玄関前の敷石。
庭木を避けると調度よい曲がり具合。

玄関引戸は小ぶりなサイズが気に入っているのだが、
慣れない高さに頭をぶつ人が続出。
最初は私も数回ぶつけたが、
最近は大丈夫。
頻繁に遊びに来ていただいて慣れていただくことにしよう。

この夏は本当に暑い。
ほぼ真西に向く玄関に
手持ちののれんで日差しを避けることに、

狭い玄関。
低い引き戸。
細い障子窓。

玄関戸は古い小さな引戸の回りに枠をつけたもの、
間仕切りの竹格子は蚕の養殖に使ったもの(?)を再利用。

八畳の和室を板の間に、
台所と合わせてワンルームに。
軸を飾り、絵を掛け、花を生け、
古く、小さな仏様も安置し
やっと落ち着いた空間に。

床はアトリエに残っていた板を集めてのパッチワーク。
板厚を揃えることも、組み合わせることも、
本当に大変だった。仕事では不可能だろう。

部屋より宇連川を望む。
既設の庇には、ホームセンターで買った葭簀を張る。
座って、流れる川面が見えるのだが
写真では見えないのが残念。
この土地は東に宇連川、西に飯田線に挟まれ、
国定公園法と河川法の適用を受け、
重機の進入は不可能。
新しい土石の搬入も、新築もなかなか難しい。
つまり、あるものの再利用と人力で簡単に搬入できるもので
改造しなくてはならない。
その制約が、
これまでなら思いつかない結果を生み出している。
湯谷の家「改装」2
この夏は湯谷の改装に追われていた。
週末の作業だけなので遅々と進まず。
永い間ブログの更新を怠けてしまった。
まだまだ、完成にはほど遠いが、
ここらで中間発表。
これまで多くの建物をデザインしたが、
施工は職人さんに委ねてきた。
デザインとは「機能や生産工程などを考えて構想すること。」であり、
一種のマニュアル作りでもある。
指示できることは、
一般的な職人の経験の範囲に限られ、
図面で創造性や熟練度は指示できないし、
職人にそれを期待してもいけない。
他のデザイン分野も同様で、
職人の呼び名が流行りの「カタカナ」に変わったとしても、
その実態が変わる訳もない。
建築を規格・量産化し、
ビジネスとして機能させるには不可欠だった半面、
最近のデザインは美しすぎ、その上無菌になった。
手触りというか、美術でいうマチエールに欠けがちである。
作家の私と、デザイナーの私が葛藤し、
もどかしさと、欲求不満が募り、
時に、それらを無視してみたくなる。
今回の改築は私自身が納得すればいい上に、
自力での施工も可能な規模である。
これまでのように第三者の職人に伝わるようにとの、
細かな配慮や図面は不必要となり、
イメージと仕上がりの違和感もない。
(いささか技術不足ではあるが…。)
いざ始まると実に楽しく、週末が待ち遠しい。
しかし、体力的には大変で、めげそうな体を叱咤している。
最初の作業は約十年の閉め切りで、
床が抜けてしまった八畳の和室を板張りにし、
同時に台所との境の壁を抜き、ワンルームとした。
河の石を束石として床を組み、
床板は長年の間にアトリエに貯まっていた木材でパッチワークし、
長い間に買い求めた古い家具を組み合わせ、
流しと収納にしたことまでは既に書いた。
http://www4.atword.jp/ajioka/2010/05/24/%E6%B9%AF%E8%B0%B7%E3%81%AE%E5%AE%B6%E3%80%8C%E6%94%B9%E8%A3%85%E3%80%8D1/
古い家具なので一部建て付けは悪いが、
何よりも見てくれを重視するオーナー(私)故、
問題はない。
効率重視の社会から、
そろそろおさらばするための田舎暮らしでもある。

壁もまた、
アトリエに大量に残る和紙の端切れを重ね張りした。
それまでの力仕事に比較して幾分楽になったが、
脚立の乗り降りは、この夏きつい。
内部建具も既設の襖類に和紙を重ね張りした上に色紙や反古紙を張る。
壁に和紙を張る仕上げは茶室以外ではあまり見かけないが、
韓流ドラマで見た民家の風情と重なった。

土壁は陶芸の残粘土に、砂を混ぜ、
やはり残り物の荒縄や麻袋を切って入れ、
最後に洗濯糊を混ぜ込んだ。
それぞれの配分や練り具合は、全くの適当である。
本来、藁は長い時間漬け込んで繊維を柔らかくして使うものだろうが、
そんなセオリーにお構いなしが生み出す結果が面白い。
それにしても堅い上に捻れがあり、押さえつけても飛び出し、
塗りにくいことこの上ない。
しかし、塗り易いことが、結果に直結するとは限らない。
独りよがりのオーナーの評価は二重丸である。

これまでの作業に使用した材料の殆どは
アトリエの片隅に眠っていたものばかりだ。
美術(には限らず、現代の生産活動)とは、
かように様々な材料を消費し、
大量に無駄を排出するものだとしみじみ実感する。
既設の玄関にあった狭い土間を、
同じレベルの板張りにした。
当然、入り口の高さはそれだけ低くなる。
韓流ドラマでは、民家の出入りは頭を屈めて入るように見える。
茶室の躙口もそれを朝鮮から導入したものだと、
都合よい解釈をしてしまう。
極力既設を再利用する方針だが、
アルミ製木目プリントの玄関ドアだけは廃棄し、
少し小さめの古いガラス戸の回りに
アトランダムに木を打ち付け引き戸にした。
鴨居は電動鋸で何回も切り込み溝を彫る。
見本で頂いた梁材を上がり段と靴脱ぎに使う。
雨が当たり、その内朽ちて馴染んでくるだろう。
今は少し立派だ。

玄関戸は建物の顔である。
オーナーの家族の評価も上々。
照明はまだ既設のまま、
これも自作する予定だが、それはまた…
壁打ちのある家、撮影日記[2]
やっと連休が終わった。
長いようで短い連休だった。
連休は、湯谷の家の改造に全て費やしてしまった。
最近は、湯谷だけでなく、娘にたのまれ、家具や照明を作ったりで
まるで大工か家具職人のように週末を過ごしている。
(出来上がりはもちろん本職のようにはいかないが)
日常的には、図面で指示して職人にお願いするのが当然で
自らが製作してはならないと考えるのが
設計者の不文律でもある。
そのため微妙なニユアンスは伝えることができず。
常にマニュアル化されたものの組み合わせになってしまいがちである。
微妙なニユアンスの必要なデザインを実現しようとすると
不可能ではないが、初めての仕事は危険率をみられ
とても高額な見積もりがでがちである。
その上、必ず完成まで現場に付きっきりになってしまう。
それなら、全て自ら手掛ければよいのだが、
建築は大きく、一人ではできない。
となると、図面で描ける範囲で納得できる形を選ぶことになる。
それが不満だった。
そんなことで少しずつだが手作りの部分を増やす試みをしている。
娘の住宅では、照明と家具の一部を手掛けてみた。
この敷地の地境には御影石の石垣が組まれていた。
今回の建設でそれが崩れてしまった。
再び石垣に組み直す必要もなく処分することにしたが、
一部を再利用して玄関横に光を入れてみた。

自分で組み上げれば、なんでもないことだが、
これを職人にお願いするとなると恐らく大変である。

玄関と階段上の吹き抜けには二つの大きな提灯を
欅の枝を組んで和紙を貼った。
これも最近の住宅には定番のようにぶら下げている。

南からの夜景。

付録です。
テレビ台まで造ってしまった.
材質は楠。材料を目一杯使ったので木口に様々な傷が残る。
それが、面白い。

壁打ちのある家、撮影日記[2]
壁打ちのある家。夕景編。
少しづつ、生活感が漂いだし、良い感じになってきた。
南面の壁打ち越しに、光の入ったサンルーム。
土の部分はアスファルトになる。

初孫の「旭」。
デザイナーの松永真さんに、
「今事務所は孫の託児所となって大変です」と言ったら、
「孫は可愛いだろ」の一言。確かに。
階段は一般住宅としてはかなり広い
有効で1230mmある。

この住宅は収納が多い
収納のコストと比較して収める品の価格は釣り合うのか
という議論はさておき、住宅新築時の収納スペースは
可能な限り、大きくとるべきである。
せっかく美しく完成しても、物がはみ出しては
効果も半減する。


トイレ、洗面、洗濯室、風呂は一直線に並ぶ
いろいろ作ったが、結果的にこのプランが
今のところ機能的にも良いと思う。

サンルームからみる夕暮れ。
夏になると正面の小学校のプールから
子供たちの歓声が聞こえるだろう。
暮れ行くころのティータイムもまた格別だが、
はたして、娘たちにそんなゆとりがあるのか。
それはいささか気がかり…
階段吹き抜けの照明は欅の枝に和紙を貼った
かなり大きめのものを二つぶらさげている。

まもなく玄関ドアの左に光彫刻が完成する。
とは言っても、なんのことはない。
以前使用していた石垣の石を組み合わせて
光をいれるだけである。
しかし、歴史がわずかでも、継続することは
悪いことではないだろう。

光彫刻、駐車場、植樹が終わると
いよいよ完了。
その頃にもう一度写真撮影。
またブログで紹介できるだろう。

壁打ちのある家、撮影日記[1]
設計を担当した娘の家が一応完成。
外観の特徴は娘の旦那がテニスコーチということで
外壁に壁打ちがあること。
それも土地の関係から、南にである。
全てのデザインはそこから始まった。

日照を取り入れるため、残りの南面は総ガラス。
そのおかげで、1階の部屋にも光は充分にそそぎ、
広々した階段室を通して北に配置した居間も明るい。
2階廊下の手すりは欅のカウンター兼用。
日溜まりのティータイムにぴったりだろう。

居間には先に制作した机もすでに搬入したが、
まだ引っ越しが終わらず、生活感がないため
紹介は次回以降のお楽しみ。


玄関は御影石の乱貼り、
石を選びパズルのように組み合わせるのが面白い。
職人さんを待たせるわけにはいかないので、
常に即決、やり直しのきかない作業だが、
それがまた楽しみである。
(実は、玄関ポーチもまだ清掃前でよく見えないのが残念。)
玄関左には余った石を使った光彫刻を近日中に制作予定。
手前味噌のようだが、
住宅をデザインし完成する度、つくづくそこに住む人が羨ましいと思う。
私の住む自宅は設計者に多くをまかせてしまったため、
無駄が多く、細かな配慮に欠ける。
途中、随分直したが収まりも気に入らない。
そして、なによりキッチンの使い勝手が悪い。
女房に悪いことをしてしまったと今以て反省しきり。
それが自ら建築を学ぶことになった理由である。
この後悔も反面教師と思えば諦めがつく。
なにより、依頼者に
この失望を味わせないだけでも
失敗に意味があったと思っている。
この後、
夕刻、引っ越し後、外構完成後と
撮影する。
その都度、報告予定。
まずは、私自身が楽しみにしている。
久しぶりです
しばらくブログを休んでしまった。
まだ、発表できないことばかりで忙しかった。
解禁しだい、順次乗せるので暫しのお待ちを。
ご無沙汰ぶり最初の報告は
やはり久しぶりの木工仕事。
娘にたのまれて、新居の居間で使う机づくり。
しまい込んだ木工道具と材料が
一杯に広がってアトリエは俄木工所になってしまった。
今年は湯谷の改装と家具作りも
自ら手がける予定だから
小手調べとしては手頃と始めたが
やはり慣れない仕事で取っかかりはいささか手間取った。
手持ちの欅を3枚継ぎ合わせて天板を作成、
脚は、最近手に入れた30cmの自動鉋盤が実力発揮
新兵器様々である。
職人のようにはいかないが、
まあ、実力はこんなもんか。
25年ぶりにリニューアル
25年ほど前になる。静岡県三ヶ日町の小さな町づくりに関わった。
「四辻坂」と名付け、4棟のRC4階建てを連ねたものだった。
http://www.ajioka3.com/(→デザイン→建築→鉄骨RC他→四辻坂)
その設計の中から、25 x 25のアングルを使用した
スチール家具シリーズ、[アングル]が誕生した。
http://www.ajioka3.com/(→デザイン→家具)
私の事務所では今もその試作品を使っている。
http://www.ajioka3.com/(→デザイン→建築→鉄骨RC他→SPACE叢)

かなりの数を原型のまま制作してきたが、
この度、岡崎の親しい建築家の自宅ロビーに置きたいとのこと、
そこで、25年ぶりにリニューアルすることにした。
と言って、大きな変化ではない。
座を本皮にし、張り方を少し変えた。

どうだろう、自分では気に入っている。