Posted on 2 月 24, 2011 under クリスチャン |
カナダの友人からの手紙
数年前のことであるが、旧友の1人がカナダ北部の原住民保護区で警官として働きを始めた。
ある日、強暴な狼がその保護区に侵入して来た。まだ人間への攻撃はなかったが、彼は直ちにその狼を射殺した。
その村には、犬ぞり用の犬が150頭もいた。1頭の狼に対抗するためには十分な頭数である。しかし、その狼はしたい放題の悪行を行った。なぜか。犬の間でけんかが起こらないように、それぞれの犬が間隔をおいて木のくいに結び付けられていたからである。そのため、狼は自由に犬の間を歩き回り、何頭かを殺し、何頭かを傷つけることができた。孤立した状態では、犬は狼の敵ではない。
この出来事は、私たちクリスチャンにとっての教訓を含んでいる。信者が信者の群れから切り離されて孤立するなら、その人は危険な状態に陥っている。私たちのたましいの敵は、孤立した信者を狙っているからだ。
Posted on 2 月 19, 2011 under キリスト教 |
米国入神学者のジョン・バイパーは、神の愛が地上のいかなる愛よりも優れている理由について、以下のように書いている。
私たちは、結婚生活について、「蜜月は終わったよ」などと冗談を言うことがある。蜜月が終わるのは、私たちが有限な存在だからである。私たち人間には、長期間ともに生活することから来る「いらだち」が予見できないのだ。倦怠感が襲って来ると、最初の愛を維持するのが困難になる。また、結婚関係を新鮮に保つための新しいアイデアが浮かんで来なくなる。
神は、ご自身と教会の関係は花婿と花嫁の関係であると言われる。つまり、神は、蜜月の愛、喜び、いのち、そして興奮を、いつまでも保ってくださるということである。それが、神が私たちに示しておられる愛である。
もう1つ付け加えるなら、神の蜜月の愛は永遠に終わらない。神は、その力において、知恵において、創造性において、そして愛において無限のお方である。それゆえ、蜜月の愛を保持することに何の困難もないのである。神は私たちの姿をより美しく変えてくださる。また、創造性を発揮して、いつまでも私たちが飽きることのないように、新しいことをしてくださる。神とともに歩む人生には、飽きるということがないのである。