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	<title>おはなしだいすき　宮ぷーこころの架橋ぷろじぇくとから</title>
	<link>http://www4.atword.jp/ohanashi</link>
	<description>宮ぷーこころの架橋プロジェクトに載せられた「おはなし」に関する記事をまとめたものです。カテゴリーからご覧ください。</description>
	<lastBuildDate>Sat, 26 May 2012 10:24:15 +0000</lastBuildDate>
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	<item>
		<title>言葉に現れない心を感じ、伝えることの大切さ</title>
		<description>２０１２年５月２６日のメルマから

しょうこちゃんのメールです。
・・・・・
特別支援学級の先生方の勉強会によんでいただきました。来月にも行きます。私が伝
えてることを、かっこちゃんにも送ってみます。私は糖尿病のクリニックに働いてい
ます。先週、他の病院からの小児科から２０代の１型糖尿病の患者さんが何人か続け
て紹介されて来られました。それまで発症が５歳や、小学生や中学生だった子どもた
ちは、小児科で治療を続けてきていましたが、成人してそろそろ小児科から卒業しな
いといけなくなったからです。私は自分の２０歳になる長男とそう歳が変わらないこ
の患者さんたちが、お母さんたちと一緒にどんな風にこれまでを受け止めて、頑張っ
てきたのだろうと思うと胸が痛くなりました。

その病院から、一年前に紹介されてきた青年がいます。中学生のときにサッカーをし
ていたその子は、中学生で１型糖尿病を発症し、２年間は不登校になり、どうでもい
いやって思ってたって語ってくれました。なんとか高校に入った時に、そのサッカー
部に同じように１型糖尿病でインスリンをしながらプレーをしていた先輩がいて、そ
れからまた毎日部活づけになりましたよ～って、話してくれるようになりました。今
もスポーツ整体の仕事をしながら、試合の度に行くんだと教えてくれます。看護師の
彼女となかなか会えないことも話してくれるようになりました。今度、紹介された患
者さんたちにも、それぞれのいままでがあったのですよね。

インスリンが出なくなる病気があるということ。病気の理解もさることながら、イン
スリンの注射を毎日４～５回打たなければならないこと。それが一生必要なことであ
ること。薬が効きすぎると低血糖になり、すぐに何か食べたり飲んだりしなければ命
に関わる状態にもなることを、子どもの生きる世界でどれだけの理解が得られるか？
子どもを預かる先生方がどれだけ命を預かることと理解出来るか？みんなと同じこと
が出来ても、いつもいつも食べるものや注射のことを考えていないといけないこと
は、どれほど心をいっぱいにしながらの毎日を積み重ねて、大きくなってこられたの
だろうかと本当に胸に思いました。

小学５年生で発症した女の子は、私が初めてのお話を聞くときに一番いろんなことが
自由に出来る時だったね。辛かったね。って言ったら、笑顔なのにポロポロ涙が流れ
ました。泣いてはいけないと思ってきたように思いました。発症から今までの気持ち
の全てを知っていて、いろんなことがあった道のりを一緒に考えてくれた信頼してき
た医師のもとを離れることはどんなにか不安だったろうと思いました。
その途中を知ることは本当はとても大事なことなんです。理解されることで、頑張れ
ることにつながるそれが、私の働くところに必要なことですから。それはまた、自閉
症の大翔にも必要なこと。そしてそれは、言葉を使える二人の兄たちが、言葉を使え
ても、それが本当の気持ちを伝えているのかどうかなんて分からないよねってことに
も気づくことにつながりました。

兄たちに「大丈夫？」と聞いても、母親の私が大変だと思ったら、大丈夫と答えるし
かなかった。こんなに胸一杯の毎日を頑張っていたのに。私は「大丈夫」と答えてく
れることで、何にも本当の気持ちに気付いてなかったのです。気付いてから、お互い
にありがとうが増えました。

ある日、私が仕事から帰って夕食を出してから、疲れきって横になって休んでいた時
に、台所から「お母さん！」と大翔が何回も呼びました。二人の兄達が「大翔！お母
さんは疲れてるから、ゆっくり休ませてあげて！」と何度も何度も話して私のところ
に来ることを止めてくれているのが聞こえました。でも大翔の声がだんだん大きくな
り、兄たちも強く叱る口調になっていくのが分かり、兄たちがせっかく私を思ってく
れた時間にありがたいと思いながら「あ～ゆっくりしたら、元気になったよ。ありが
とうね。大翔はお母さんが横になってると心配なんだよ。」って起き上がり、
「ね～、大翔。」って声をかけたとき、大翔の手にはコップがありました。中には氷
水が入っていたのです。

その頃の大翔は氷水は自宅では飲みません。横になっている私に、自分が熱を出した
時にしてもらったように、冷たい水を渡そうとずっと私を呼んでいてくれたのだと分
かりました。お母さんが病気だとおもったんだね。心配かけてごめんね。いただきま
すと氷水を飲んだら、大翔がホッとしたように見えました。「大翔の氷水で元気に
なったよ」って言いながら、涙がボロボロこぼれました。兄たちもそれを聞いてい
て、大翔ごめんねって謝っていました。

私がちょっと休んでいることが、こんなに心配になって、何かしてあげたいと思って
くれている大翔。こんな幸せな母親は、そんなにたくさんいないと私は思います。大
翔にあるあたたかい優しい気持ちは、私にだけ向けられているものではないことがよ
く分かる毎日があります。私は自閉症の大翔を律儀で几帳面と理解するとたんさんの
すごいなぁに気づかされます。大翔は人からしてもらった嬉しかったことは、必ず自
分もしてあげたいと思っているのだと思います。指示が分からなくて動かないように
見えるときにはその指示に従うためには、必要なことが足りなすぎて動けないのだと
思います。

空気を読むとかよくいいますけど、見えないものを勝手に自分なりに読むことなど、
そんな曖昧なことは大翔はしたくないし、出来ないことです。だから、二度目の声か
けには、大翔に何がわからなかったのか考えてみていただけると出来ることにつなが
ることがあります。いつ、どこで、誰が、何を、どうする、その当たり前が足りない
ことに気付かされている私の毎日があります。私が分かってあげられないことがたく
さんあって後から理由が分かって謝ることもしばしばです。たくさんのことを大翔に
許してもらいながらの毎日を過ごさせていただいています。私は幸せな母親です。
・・・・・

しょうこちゃんいつもありがとう。本当に大切なことをいつもありがとうございま
す。私の学校は病弱特別支援学校と言われる学校です。糖尿病のお子さんのことを
知っていただくこともとても大切なこと。それから、大ちゃんの氷入りのコップも涙
があふれました。ひとつひとつのお話がきっと読んでくださっているみなさんのお心
の中に必ず残っていくと思います。 </description>
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			</item>
	<item>
		<title>Eテレ新番組「障害者のための情報バラエティ～　恋愛２」再放送のお知らせ</title>
		<description>２０１２年５月２６日のメルマから

育美ちゃんからのメールです。
・・・・・
かっこちゃん
お久しぶりです。滋賀の清水育美です。
突然ですが、今夜、目にハンディを持っている友達がNHKに出演されます。先月も放
送されているので既にご覧になっていたら申し訳ありません。
大阪でマッサージ店を営んでおられる、まゆちゃんとかずくんのお二人ですが、かっ
こちゃんもご存知ですか？下記は、かずくんからのメルマガ転送します。よかったら
ご覧ください。

僕（かずくん：野元和明）と、まゆちゃん（小橋真由美）が、ご縁あって、テレビ出
演させていただいた４月１３日☆彡実に多くの方にご覧戴き、全国的にも高い評価を
いただいたようで、このような素晴らしい番組にあまり何も分かっていないながらで
したが、こうして参加させていただけたことに、格別の喜びでいっぱいの僕たちで
す。他の出演者さんや、ディレクターさんに助けていただいたり、盛り上げて頂いた
りしながら、ほんとに楽しく素敵な経験をさせていただきました。すっごく有り難い
ことです。

このたび、本放送と再放送の反響が良かったとのことから、５月の終わりに、再度再
放送していただけるようです。せっかくここまで来たのですから今月もついでで宣伝
させていただきますね☆もしお時間が合いましたらでけっこうですし良ければ下記日
程での放映にてご視聴ください。テレビ：Eテレ（NHK教育テレビ）新番組「バリバ
ラ～障害者のための情報バラエティ～　恋愛２」
放送　２０１２年５月２５日（金）　夜９：００～９：２９
再放送　２０１２年５月２９日（火）２４：３０～２４：５９。
どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m
・・・・・ </description>
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	<item>
		<title>脳の状態によって言動のアウトプットの調節がうまくいかない事もある</title>
		<description>２０１２年５月２６日のメルマから
宮ぷーが、もう消灯時間が迫っていて、私も帰りが遅くなって、「帰らなくちゃなら
ないよ」と言ったことに、「うん」と言ったのに、用意に３０分はかかってしまうの
に「パソコンをしたい」と言ったことについて、たくさんメールをいただきました。
「ただ、わからなかったのではないかな？」「早く帰る」ということが、「テレビも
パソコンも調整する時間がない」ということを言っているのだと想像することがむず
かしいのではないかな？」「本当の宮ぷーの思いを知りたいな」「パソコン使いた
かったのかな？何かしたいことがあったのか、気になる」「ただ、かっこちゃんとも
う少しいたかったのじゃないかな？」みなさんが、宮ぷーの思いを、それはどうなん
だろうと思ってくださって、うれしいです。

私も本当のことは、わかりません。けれど、宮ぷーは、私が思うには、「消灯が近い
から、もう帰らなくてはならない」ということがわかっていたと思います。「今、時
間のかかることはむずかしい、パソコンとかはむずかしい」ということも片方ではわ
かっていたと思います。けれど、片方には思いつきのように、「しばらくパソコン
やってないな。やりたいな」という思いも、ちょうど湧いていました。宮ぷーはその
両方の思いの統合や調整がむずかしいのだと私は思いました。私たちも、会議中で
も、何かすごく大切な時間でも、おなかがすいたなあと思うときがあります。そんな
とき、私たちは、今は会議中だし、大切な時間だし、「おなかがすいた」って言って
はいけないし、立ちあがってもいけないとわかっています。だから、それを言いませ
ん。そして出ていくこともしません。

でも、その二つの考えの統合が難しい場合は、おなかがすいても、大きな声で「おな
かがすいた」って言ってはならないし、ましてご飯食べますとお弁当を出して一人食
べてもならないと知っていても、その両方がわかっていても、してしまうことがある
と思うのです。そのために、周りの人はみんなびっくりします。びっくりして、「会
議中に、あの子はごはん食べだしちゃった」と思ったりします。明日が、本人にとっ
て、大切なことがあって、周りの人がみんな、その人のために、準備をしていたりし
ます。「準備をしていてくれてうれしい」とか「私のために、ありがとう」とかそう
いう思いはあっても、その思いと「疲れたから帰らなくちゃ」とか、「自分の用意は
終わったから、あとは帰ろう」という思いの統合が、私は自閉症の方が、うまくいか
ないときがあると感じています。

そして、宮ぷーも今回はそういう場面だったのだと思うのです。けれど、みなさんが
おっしゃるような場面だって、考えられることだし、そのどれだろうと思うことは
きっとすごく大切なことだなあと思うのです。分かり合いたいという気持ち。それが
一番分かり合うための近道ですね。それでは、そういうときはどうしたらいいので
しょう。もし同じようなことがくり返されるようなら、その方は、たとえば、授業や
会議が終わるまではお弁当は出してはならないということもわかっているので、「お
腹がすいても、お弁当は出さない」と書いた小さな紙を貼っておくことでそれは防ぐ
ことができます。それから、周りの人が、「自分のことしか、考えていない」という
ような理解ではなくて、その統合がうまくいかなかったんだなと理解ができるといい
なあと思うのです。

実は、私は自閉症の本には、「説明が足りなくてわからなかったのだ」という書き方
の本が多いなあと思います。だから、教員も自閉症をお持ちの家族も、書かれてある
ように思っておられることが多いと思います。本当はどうなのか、わからないけれ
ど、私は違うと感じています。みんなわかっている。温かな優しい思いをしっかり
持っておられる。でも、統合がうまくいかないのだと、私はそんなふうに感じていま
す。

宮ぷーが車いすの練習をときどきするようになって、車いすに乗るとしょっちゅう激
しくむせて、足のせから足が飛び出して下に落ちたりして、車いすを漕ぐどころでは
なくなります。前を向いているときはまだいいのです。車いすを漕ごうとして、手元
を見ようとした瞬間にむせます。どうも、長いカニューレがのどに当たってしまうか
らのようです。宮ぷーの気切は、カニューレがはずせるタイプなので、ためしにカ
ニューレだけ外して練習すると、ぜんぜんむせることはありませんでした。そして、
昨日は難しかった落とした手を、車いす送りの上に載せるということがとても上手に
できたのです。やっぱり気切がとれるといいな。そういう時期が来るといいなあと思
いました。

それにしても、昨日は感動して泣きました。宮ぷーのがんばりに泣きました。「下ろ
した手を車いす送りの上に載せる」書くと短い簡単な文章です。でも、宮ぷーにとっ
てはそれは少しも簡単ではないのです。手を持ち上げるとき、宮ぷーはいったいどこ
に力を入れたらいいのかわかりません。肩なのか、肘なのか、手首なのか。そして、
それをどちらの方向へ向けて上げたらいいのかということもわからないし、わかった
としても、少し角度が違うだけで、また違う筋肉を使うからそれがうまくいかないの
です。だから、ちょっと動かしては方向を変え、ちょっと動かしては手をひらひらと
動かし、そんなふうにしながら、一生懸命手を持ち上げます。私は息を飲んで言葉に
しないけど「がんばって宮ぷー」と思うのです。

ようやく右手の親指が車いす送りにひっかかって、そしてそこをより所にして、他の
ところを上げて、上がったと思ったとたん滑り落ちる。そんなことをしながら着地。
だからと言って、車いす送りを宮ぷーは上手に親指と人差し指で握れるわけではない
のです。いったいどうやったら握れるのかもわからないから。それを一生懸命に探る
ようにして、そして、車いすを漕ぐということは、手を車いす送りに置いたまま伸ば
すことなんだとわかっても、またどの筋肉に力を入れたらいいのかわからない。で
も、あきらめないのです。宮ぷーはあきらめない。そして、ようやく、ベッドから戸
口までの何メートルかを40分ほどかけて、進む。私は涙でぐちゃぐちゃになります。
でも、宮ぷーは毎日頑張ります。頑張るしかないのです。

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		<link>http://www4.atword.jp/ohanashi/2012/05/26/%e8%84%b3%e3%81%ae%e7%8a%b6%e6%85%8b%e3%81%ab%e3%82%88%e3%81%a3%e3%81%a6%e8%a8%80%e5%8b%95%e3%81%ae%e3%82%a2%e3%82%a6%e3%83%88%e3%83%97%e3%83%83%e3%83%88%e3%81%ae%e8%aa%bf%e7%af%80%e3%81%8c%e3%81%86/</link>
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	<item>
		<title>脳出血の後もリサイタルを続けておられるピアニストの方のお話</title>
		<description>２０１２年６月２５日のメルマから
白雪姫ぷろじぇくとの「フィンランドの森広場」に、はなさんが、舘野泉さんのこと
を書いてくださってありました。私は舘野泉さんに、やはりものすごく勇気をいただ
いた一人です。
・・・・・
フィンランド在住の日本人ピアニスト、舘野泉さん７５歳。もう５０年近く、フィン
ランドに住まれていらっしゃるのではないでしょうか。１０年前にリサイタル中に脳
出血で倒れられて、右半身不随になられましたが、現在左手だけでの演奏活動を続け
ていらっしゃいます。海もまだお腹にいない時だったので４年近く前かな、舘野さん
のコンサートにフィンランドで行きました。倒れられる前に、オーケストラでヴィオ
ラを弾いている知人から「日本人のイズミ　タテノ　が次の私たちのコンサートでソ
リストとして来るから、ハナエ聞きにおいで」と誘われたのが、舘野さんのお名前を
知った最初でした。

そのコンサートにはどうしてだったか、都合がつかずに行けなかったのですが、いつ
だかそのヴィオラ奏者の知人に会った時「イズミ　タテノ　は、とってもいい、、、
、」ピアニスト　という言葉が出てくるのかな、音楽の仲間なのだから　と次の言葉
を待っていると「人だよ。」と言ったのが印象的で、それ以来、私は舘野さんのこと
をずっと覚えてて、いつかきっとコンサートに行きたいなぁ～と思うようになりまし
た。
そして、やっとそれが実現したとき、舘野さんは既に左手だけで演奏されるピアニス
トでした。舘野さんのご友人で、今は亡き作曲家のノルドグレンも左手の為の曲を舘
野さんのために確か作られた。それから、日本のアコーディオン奏者COBAさんも。私
が聞きにいったコンサートでは、確か両方の曲を弾かれていました。COBA さんは私
も大好きなミュージシャンなので、彼の作曲した、かなりコンテンポラリーな、彼ら
しい曲を舘野さんが左手だけで果敢に弾いておられたのには、胸が震えました。目を
つむれば、左手だけの演奏であること、すっかり忘れてしまうくらい。

ご自身のホームページのプロフィールには、フィンランドに住んだ理由をこのように
書かれていました。「しばらくのつもりでヘルシンキに移住。キャリアも順調にス
タートしていたのに何故北の最果てにと、皆から反対された。キャリアを積むならロ
ンドンやニューヨーク、勉強するならウィーンやパリなどと言われたが、どちらにも
興味はなかった。権威や組織、伝統だのお墨つき嫌いはいまも変わらない。文学を通
して憧れていた北欧に住むこと、西でも東でもなく、重い伝統や権威などなくて、日
本にも中欧にも適当な距離をおいて孤独でいられるフィンランドがよいと思った。ス
エーデンやデンマークは西欧に近すぎるとも思った。60年代のフィンランドは本当に
地の果てみたいに寂しく澄んでいて素敵だった。

時々、フィンランドに留学と紹介されることがあるが、私はどこにも留学したことは
ないので、留学と言ったことも書いたこともない。ましてや、北欧の音楽を勉強に
行ったわけでもなかった。」なるほどなぁ～。舘野さん、その気持ち、少しわかりま
す。「地の果てみたいに寂しく澄んでいる。。」今のフィンランドは少し違うかもし
れないけど、でも、想像出来る。。「重い伝統や権威等なくて、ヨーロッパに近すぎ
ない」なるほどなぁ～。これもよくわかる。。というわけで、尻切れとんぼな投稿で
すみません。短い番組のようですが、是非、よかったら皆さんご覧になってみてくだ
さい～。お知らせまででした～。
・・・・・ </description>
		<link>http://www4.atword.jp/ohanashi/2012/05/25/%e8%84%b3%e5%87%ba%e8%a1%80%e3%81%ae%e5%be%8c%e3%82%82%e3%83%aa%e3%82%b5%e3%82%a4%e3%82%bf%e3%83%ab%e3%82%92%e7%b6%9a%e3%81%91%e3%81%a6%e3%81%8a%e3%82%89%e3%82%8c%e3%82%8b%e3%83%94%e3%82%a2%e3%83%8b/</link>
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	<item>
		<title>介護でもリハビリでも気持を寄り添わせる心からはじまると思います</title>
		<description>２０１２年５月２５日のメルマから

昨日、お友達からメールをいただいたのです。お友達のお友達が脳出血で倒れられた
とき、ほんの少しだけですが、かかわらせていただいたことがあって、どうしておら
れるかなあと思って気になっていたのですが、メールの中にお友達から「２歳ほど
の」と聞いていますという文章があって、私は、お友達が回復を喜んでおられる文章
だったのに、「どうぞ、間違えては決していけないことがあるので、お友達にお伝え
いただきたいのです。みんな倒れたりしても、その方の思いや感情は、その年齢で
す。決して２歳というような、表現の仕方はならないと私はいつも思っています。そ
の表現が、きっと回復に間違いをうんでいく。それは私がいつも大切に想うことのひ
とつなんです」と思わず書いて返信をしてしまいました。

メールをくださった方はものすごくものすごく優しい方なのです。それだから、２歳
と書いておられても、お友達のことをとても想っておられるのです。だから、私はす
ごく悲しくなりました。私は、そんな激しい言い方で返事を書いてしまったけれど、
もっと書きようがあったのじゃないかと自分でしてしまったことに悲しくなりまし
た。悲しくなりながら、私はなぜ、こんなにもスイッチが入ったように激しい思いに
なったのかなあと思いました。そして思い出したのは、いろいろな場面でした。

あるとき、ある場所で、リハビリの先生が、「おいで、ここまで来て」とロビーに
座って、ソファーの背から顔をのぞかせて、車椅子のおばあちゃんを呼んでおられま
した。ところが、おばあちゃんは、ぷいとそっぽを向きました。私はおばあちゃん
が、小さい子どもを呼ぶみたいに呼んでほしくないよと、そういう意味でそっぽをむ
かれたのだと感じました。けれど、リハビリの先生は、どなたかと「やっぱり、ばあ
ちゃんには無理だよね」と言われていました。おばあちゃんは、「無理」でも「でき
ない」のでもなくて、ご自分が誠実に向き合われていないと感じられたのじゃないか
なあと、そんなふうに思いました。なんだかそうに違いないと思ったのです。けれ
ど、そのおばあちゃんのことと、障害を持たれたときに、赤ちゃんのようになってし
まってと思うこととはまた別のことなのかもしれません。

私は学校の子どもたちのことを、○○さんと苗字で呼ぶことをしてきませんでした。
今もです。○○ちゃんと呼ぶとしっくり来ます。そして、私もかっこちゃんと呼ばれ
るとしっくりきます。ときどき、「生徒を○○ちゃんと呼ぶのは子どもを低く見てい
るのではないか、高校生や中学生を○○ちゃんと呼ぶのは、生徒を低く見ているん
だ」と言われることがあります。そういう意見があると、私はそのことにも、猛烈に
反対をして、そんなことはないと反論します。大ちゃんを原田さん、雪絵ちゃんを笹
田さんと呼び、私が山元さんと呼ばれていたなら、私は、こんなに二人と仲良しの関
係になれただろうか？　大好きって言い合う関係になれただろうかと思うからです。

子どもたちは、かつこさんとか山元さんとかというふうに呼ばれたから、誠実に向き
合われているかというと、決してそうではないとわかっているような気がするので
す。むしろ距離感を感じて、親身になってもらえてないような感じがすることもある
かもしれないと思います。もちろんそうでない場合もあるでしょう。大切なことは、
きっと、その人の尊厳みたいなことなのかもしれません。倒れたことで、赤ちゃんの
ようになってしまったと感じるかもしれないけれど、でも、不完全になってしまった
のかというと、それは絶対にそうではなくて、人はいつもいつも、きっと実は完全な
のだということなのでしょうか？ 

結局のところ、私の思いはどうなのだろうと、今、一生懸命考えています。そして思
うのは、人は、みんな本当は誰もが内面に深い思いがあって、それは本当にしっかり
とした思いや考えであるということ。それは、年齢に関係なく、小さな赤ちゃんであ
ろうと、大人であろうと、障害があろうとなかろうと、そんなことには関係なくて、
外側に現れて見えるものは、意識がないように見えたり、あかちゃんのように見えた
り、身勝手なことばっかり言っているように思えたとしても、実はそうではないのだ
ということを私は感じているのかなと思います。そして、私も、そんな失敗を何度も
重ねてそのたびに、それはまったくの間違いだったと思うことがいっぱいあったなあ
ということのようにも思います。

 </description>
		<link>http://www4.atword.jp/ohanashi/2012/05/25/%e4%bb%8b%e8%ad%b7%e3%81%a7%e3%82%82%e3%83%aa%e3%83%8f%e3%83%93%e3%83%aa%e3%81%a7%e3%82%82%e6%b0%97%e6%8c%81%e3%82%92%e5%af%84%e3%82%8a%e6%b7%bb%e3%82%8f%e3%81%9b%e3%82%8b%e5%bf%83%e3%81%8b%e3%82%89/</link>
			</item>
	<item>
		<title>りほちゃんの魂のことば　柴田先生の読み取りメッセージから</title>
		<description>２０１２年５月２２日のメルマから
昨日はまりちゃんのお嬢さんのところに、柴田先生が行かれたのです。その報告をま
りちゃんがしてくださいました。
・・・・・
かっこちゃん！お誕生日おめでとうございます！素晴らしい一日となりますように。
取り急ぎ報告します。昨日は柴田先生ご夫妻と工藤先生、友人のめぐちゃんがビデオ
を写してくださいました。りほはすぐに柴田先生にどんどん話をしていきビックリし
ました。

あかさたなスキャンが物凄いスピードで動いて柴田先生に手をとって頂きながらパソ
コンに文章が次々現れました。まず前半のりほの言葉が柴田先生から送られてきたの
で送りますね。後半は手をさわりながら柴田先生が口答でりほとの会話を楽しんでい
たのでビデオをみながら書き起こさないとです。奥様からはりほの指から手を使用し
てのりほからのメッセージを書いてもらうやり方を教わりました。二時間以上ずっと
しゃべりっばなしのりほでした。感動感激の一時でこの日を長く待っていた親子に
とっては一生忘れられない日となりました。何よりりほが大喜びで感激していまし
た。

（柴田先生からまりさんへのメール）　今日は、とても、中身の濃い時間を過ごさせ
ていただきありがとうございました。最初からぐいぐいと核心に迫る話が繰り出さ
れ、圧倒されるばかりでした、取り急ぎ文章を送らせていただきます。まず、前半で
す。
りほいいたいきもちがあります。びっくりしてゆめのようです。ながいあいだまちの
ぞんでいました。わたしにことばがあるとなぜおもったのですか。わかりました。ご
らんのとおりなにもできないわたしですがぼんやりといきてきたわけではありませ
ん。ずっとわたしはにんげんとはなんなのかということをかんがえてきましたからべ
つによのなかのひとがなんといおうとわたしはわたしらしくいきてきました。

じぶんにとってりそうはよきりかいしゃをみいだしてどうしてわたしたちがいきるい
みがあるのかということをつたえるそのことがゆめでした。ぼんやりとしてそだった
ひとからみるとすこしかんがえすぎかとおもわれるかもしれませんがわたしにとって
はわたしがうまれたいみがわからないとわたしをなかなかたもつことさえむずかしい
からです。りそうをそのままかたるとわたしにとってわたしのいきるいみはわたした
ちのようなそんざいでもいきるいみがあるのだからどんなひとにもいきるいみがある
ということですがらくなじんせいならそんなことはかんがえはしなかったでしょう
ね。でもこうしてわたしはぼんやりとはいきてこられなかったのでわざわざそういう
ことをかんがえてきました。

なぜわたしにいきるいみがあるのかというとだまったままのじんせいでもひとはきぼ
うをもっていきられるということをしょうめいできたからです。なかなかしんじられ
ないかもしれませんがわたしはきぼうをなくしたことはありません。ちいさいときか
らずっとかあさんにたくさんあいじょうをそそいでもらいましたからわたしはとても
しあわせです。いいたいことはなんでもいいからおしえてくださいということですが
りそうはたくさんしをよんでほしいです。なぜならわたしもしをたくさんつくってき
たのでろくでもないしではなくすぐれたしについてしりたいです。わたしのしのいっ
たんをきいてください。

「ちいさいるりいろのゆうきがわたしをつつみ　りらのはなのさくきたのくににわた
しをいざなう　りらのはなさくきたぐにはなみだをためたひとみをいやす　わなわな
とないたばかりのろうそくのあかりのようなりそうのようせいがすんでいる　ようせ
いをわたしはつかまえてわたしのなみだのわけをおそわりたい　なみだのわけはわか
らなくてもかならずともにないてくれるだろう　よんでみようあたらしいあしたを 
よんでみようみらいのわたしを　なみだをもうながすのはやめてわたしらしさをとり
もどし　らんぷにあかりをまたともそう」　これでおわりです。はい。うつくしいし
がいいです。えはだいすきですがわたしにはわたしらしくかけるようなきがするのは
しです。わたしはわたしにだけはなしかけることでまんぞくしてきたのでわたしはと
きどきしばたせんせいにきてもらえればじゅうぶんです。
・・・・・

すばらしいりほちゃんの魂から出ることば。まりちゃんもりほちゃんも、どんなにど
んなにうれしかったことでしょう。私も本当にうれしいです。柴田先生のように、気
持ちを通訳できる人が増えて行けばどんなにいいでしょう。私もできることならそう
なれたらなあとすごく思います。

２０１２年５月２３日

りほちゃんが柴田先生の通訳でおはなしされた文章を読んで、また、このごろ、こ
んなふうなことなのかなあって思っていることを書きます。
 宮ぷーが柴田先生に自分の思いを汲み取ってもらったときに、柴田先生が教えてく
ださったことのひとつに、宮ぷーはものすごく学校の子どもたちのことが気になって
いるということでした。筋ジストロフィーのお子さんとも一緒に過ごしていたのです
が、子どもたちのことをしょっちゅう考えるし、みんな本当にすごいと尊敬している
し、僕も、勇気を持って、これから生きていくと伝えて欲しいですということを柴田
先生の口を通して宮ぷーの思いを伝えてくれました。倒れる前から子どもたちのこと
が大好きで、一生懸命だった宮ぷーのことを思うと、それは、本当に納得のできる宮
ぷーらしいことばだったのです。

ところが、それからすぐに宮ぷーの首が動き出すようになり、宮ぷーがあかさたなス
キャンやレッツチャットなどで思いを伝えてくれるようになった当初に、柴田先生と
のことの話をしたところ、「ぼくはこどもたちのことをあんまり考えてないし、仕事
もいかなくてよくなってらくになった」と言うことを言いました。最初は行けないこ
とが悔しかったり、残念だったりして、自分の思いを曲げて言っているのかなと思っ
たりもしたけれど、どうもそうでもなく、当時は、宮ぷーらしくないことばがよくあ
りました。母が来ているのに、レッツチャットを打ち出したので、私の母へのことば
かと思ったら、ぜんぜん違うことを「したい」と言うようなことがあったり、妹さん
に「帰れ、もう来るな」なんて言ってみたり、どうしたのかな？と思うような険しい
ことばを口にすることがありました。

ところが、体が回復して行くと同時に、宮ぷーは子どもたちにすごく会いたがるよう
になりました。そして、どうしてるかな？　がんばっててすごいなと、柴田先生があ
のときに教えてくださったと同じことばをよく言うようになりました。これはいった
いどういうことなのかなと、私は脳のことも何もよくわかっていないのに、でも、今
まで出会った子どもたちのことなども考えると、思いつくことがありました。

 宮ぷーは倒れてから、私は自閉症のお子さんの持っておられる特徴と似たところが
あると感じることがありました。たとえば、私たちはお話をしているときに、相手の
ことばだけを他の音から選んで聞くことをしていますが、宮ぷーは、当初、今より
いっそう、廊下での立ち話や、ストレッチャーの通る音、空調の音などが相手のお話
の音と同じように入ってきて、話を聞き分けることがむずかしかったのです。今でも
それはありますが、当初は「音がうるさい」ということを良く言いました。これは、
自閉症のお子さんが教えてくれていることとよく似ています。それから、天井に映し
た時計が少しでも傾いていたり、カーテンの開き具合などをとても気にしました。

また、今でも、テレビの位置をきちんとしたかったり、リハビリのメニューを、お客
さんが来てくださったり、病院の都合や私の都合で少し省こうかと言うと、顔をしか
めて嫌だということがあります。説明すると変えてくれますが、予定の変更はあまり
うれしくないのです。そんなところも、自閉症のお子さんと似ているなと思うことが
あります。ところで、自閉症のお子さんは、どちらかというと、脳幹や、右脳が優位
なときが多いようにも思います。そして、大脳新皮質と脳幹などの原始脳との統合と
いうか調整があまりうまくいっていないことがあるんだろうなという印象がありま
す。大ちゃんがよく「内側のことば、外側のことば」というふうに口にしたのも、そ
れぞれ別に実は存在していて、その統合や調整が行われて、私たちはことばを口にし
ているのだろうと思います。

 あるお子さんは、自分が言ってしまったことばは、本当に自分の思っていることば
とは違うんだということを教えてくれたことがあります。柴田先生がかかわられたお
子さんも、自閉症のお子さんで、「自分の口が勝手に話してしまったけれど、本当は
そんなふうに思っているわけじゃないんだ」と伝えられることがよくあると教えてく
ださいました。

 先日、かほちゃんが、柴田先生のところに行かれたときに、自閉症のお子さんが来
ておられたそうです。そのお子さんは、今までよく車いすのお子さんが先生のところ
におられるのを覚えていて「（車いすの人は）生きとる？」と聞いたそうです。かほ
ちゃんは、最初、「生きとる？」ということばに驚いたけれど、柴田先生は、そのお
子さんの本当の気持ちを体に触るなどして読み取っておられて「（車いすの人は）元
気にしていますか？」と通訳されたそうです。本当はそんなふうに思ったけれど、口
から出たことばは「生きとる？」だったということ。優しいその少年の思いが、いつ
もまっすぐに伝わるといいけれど、難しいことも日常生活の中にはたぶんあるんじゃ
ないかと思います。

このときは、話した内容はことばが違うだけで思いは同じだったのだと思われます。
しかし、それだけでなく、優しい内面をもっているのだけれど、周囲のたくさんの情
報の中で、ことばを選んで聞き取れないのと同じように、相手にだけ、思いをはせる
ことが難しい状況が、あるのだと思うのです。相手のことだけに思いを持って行けな
いために、相手の気持ちに配慮するということも難しく、大脳新皮質でそのときに、
思っている自分の気持ちを、そのまま伝えてしまうということがあると思います。そ
んなふうに、自分の使うことばで人が驚いたり傷ついたりしてしまうことをその瞬間
は、考えることが難しく、そのまま伝えてしまうということが、自閉症のお子さんに
も以前の宮ぷーにもあったように思われるのです。

 柴田先生が通訳してくださったことばは、宮ぷーの優しい内面。本当の魂のことば
のように私には思えます。宮ぷーは脳幹に大きなダメージを受けました。大脳新皮質
で出す命令「手、動け」などを、伝える部分が脳幹なので、その命令を伝えるのが難
しいように、大脳新皮質で考える外側の部分と、原始脳で考える内側での部分の統合
が難しいということは、なんだか納得ができることだなあと思えるのです。

ところで、自閉症のお子さんはそんなふうに、いろいろな困難があったり、つらい思
いもいっぱいされていると思います。けれど、宇宙のしくみがどんな風であるかを探
索するときには、前にも書いたように、原始脳や右脳が優位である必要があるのだと
思います。私たちはバラバラに物事を感じて生きているようであって、実は決してそ
うではないと思います。みんなでひとつの命を生きている。みんなにとって、宇宙に
とって、宇宙のしくみを探索してくれることなどが、とても必要だからこそ、自閉症
のお子さんの脳のしくみは、そんなふうになっているのだろうかと私は考えていま
す。
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		<link>http://www4.atword.jp/ohanashi/2012/05/23/%e3%82%8a%e3%81%bb%e3%81%a1%e3%82%83%e3%82%93%e3%81%ae%e9%ad%82%e3%81%ae%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%b0%e3%80%80%e6%9f%b4%e7%94%b0%e5%85%88%e7%94%9f%e3%81%ae%e8%aa%ad%e3%81%bf%e5%8f%96%e3%82%8a%e3%83%a1/</link>
			</item>
	<item>
		<title>優さん　白雪姫プロジェクト活動中</title>
		<description>２０１２年５月１７日のメルマから

優さんのブログです。http://blog.livedoor.jp/ryouhei0969-kakkochanto/
・・・・・
「体当たり開始！！」連休が開けて最初の月曜日ですね。みなさんはもうお仕事に復
帰しておられる頃でしょうか。さてさて、いよいよ私たちの体当たりが始まります！
先月の高齢者施設訪問の折に「白雪姫プロジェクト」の話をさせていただいてきまし
た。この施設にも何名か、意思の疎通が出来ない方や全くの無表情なままお話の出来
ない方もいらっしゃるのです。そういう方々を対象に関わらせて頂きたいとお願いし
てあったのです。白雪姫プロジェクトのことを理解していただいて、全体の職員会議
でも話し合って下さったそうです。
そして今日はその具体的な話し合いをしに「ニューフジホーム」さんに行って参りま
した。夫も時間があったので同行してくれましたが、基本的にはこれから、娘と私が
動くことになります。

副園長さん・ボランティア担当の介護士とこれからの話し合いをしました。ホームと
しては喜んで受け入れてくださるとのこと。ここでは様々なボランティア活動がなさ
れており、その一環で「傾聴」も行なっておられます。でもそれは、お話できる方々
の思いを吐き出してもらうためで、ホームとしてもコミュニケーションの取れない
方々をどのようにしてさしあげたらいいのかと思いあぐねていたところだとお話下さ
いました。
実際問題として、寝たきりの方々の中には面会者が皆無の方もおられます。職員の
方々も、どんなに一生懸命になっても、お一人お一人に時間をかけることが出来ず、
思いを汲み取りたいと思っても現実にはお世話で手一杯。それはとても当たり前だと
思います。たくさんの方々をお世話しなくてはならないのですから、誰かの専属には
なれないのですもの。

ここは、高齢者施設ですので、脳幹出血やその他の病気などで意識障害となっておら
れるわけではなく、そういうご病気があった後や、寝たきりになってからのコミュニ
ケーション不足からの無表情などご高齢になられた故の症状でいらっしゃいますが、
やはり、思いを伝えたいと思っておられるはずと私も娘も考えておりました。手探り
で体当たりですが、先ずは身近なところから色々なことをしてみたいと思いました。
ニューフジホームさんはとても理解のある方々ばかりで「なにか変化があったら是非
教えて下さい！」とか「お互いに色々な介護の情報交換をしましょう」などと大変に
積極的に取り組んで下さるようです。ボランティア活動名はもちろん「白雪姫プロ
ジェクト」です！

ここからスタートして、あらゆるところでこのプロジェクトのことを知っていただい
てこの情報を伝え続けていきたいと思っています。来週月曜日から、早速利用者さん
に会わせて頂き、お友達になって意思を伝えられるよういえ、まずは「あなたの思い
を汲み取ろうとしているものがいる」と伝えていけることになりました。何ができる
か、どこまで出来るかはわからないけれど体当たりでやって行きたいと思います。そ
うそう！後半からは介護主任さんも同席下さって体を起こしたりすることも許可を頂
きました。利用者さんお一人お一人の「白雪姫カルテ」も一緒に作ることになりまし
た。来週が楽しみです！！
昨夜のスーパームーンです。みなさんが幸せでありますように！！
・・・・・

優さん、ありがとうございます。実は毎日見ていた白雪姫プロジェクトのブログを、
この何日か見れていなかったのです。そして今日見て、うれしくて、そして、優さん
の体当たりの真剣な思いに心揺さぶられて、そして、私はどうなんだろうと、何もで
きていない自分が恥ずかしくなりました。宮ぷーの周りには思いを持ちながら、思い
を伝えられない方がたくさんおられます。私自身はご本人に話しかけることをしてき
たけれど、なかなかお部屋に入って行ってまでは、お話しができずにいます。優さ
ん、ありがとうございます。私、もっと頑張ります。もっとみなさんにもお伝えでき
るように頑張ります。ありがとうございます。
 </description>
		<link>http://www4.atword.jp/ohanashi/2012/05/17/%e5%84%aa%e3%81%95%e3%82%93%e3%80%80%e7%99%bd%e9%9b%aa%e5%a7%ab%e3%83%97%e3%83%ad%e3%82%b8%e3%82%a7%e3%82%af%e3%83%88%e6%b4%bb%e5%8b%95%e4%b8%ad/</link>
			</item>
	<item>
		<title>スイッチ工作室より　トーキングエイドfor i Padの発売について</title>
		<description>2012年５月１６日

スイッチ工作室からです。http://ameblo.jp/ohanashi555/
・・・・・
「トーキングエイドCafe」が、部分オープン http://www.talkingaid.net/
「トーキングエイド for iPad」の発売が近いようです。トーキングエイド for iPad
の公式Webサイト「トーキングエイドCafe」が、部分オープンしました。
トーキングエイド Caf？　トーキングエイド for iPadには、テキスト入力版アプリ、
シンボル入力版アプリ、タイマーアプリの3つのiPadアプリが用意されています。テ
キスト入力版アプリでは、かな文字、英数字、携帯絵文字等のキーボードをタッチし
て作成した文章を、合成音声で読み上げたり、メール送信したりすることができま
す。シンボル入力版アプリでは、キーに表示されている画像をタッチすると、登録さ
れている語句を合成音声で読み上げてくれます。また、初期状態で表示されている絵
文字に代えて、任意の画像を登録して、音声を録音することも可能です。タイマーア
プリでは、残り時間を面積の減少で表示し、時計を読めなくても残り時間がわかりや
すく表示されます。また、画像とテキストが同時に掲示されていますので、「何があ
とどれくらい？」を理解しやすくなります。

基本的にはiPadをタッチ操作して使いますが、ワイヤレススイッチボックスにスイッ
チを繋いでテキスト入力版アプリ(2012/5/1現在)を使うこともできます。スイッチは
5個まで接続可能です。意思伝達装置のような使い方をする場合は、テキスト入力版
アプリとワイヤレススイッチボックスとスイッチを使った以下のような構成になりま
す。この写真ではプロテクトケースにiPadが入っています。スイッチで操作する時
は、キーボード上に赤い丸がカーソルとして表示され、文字のスキャン入力をするこ
とができます。
・・・・・
トーキングエイドは、もう三十年も前からある機器です。手で入力するのですが、何
度も震えて打ちこんでも一度に数えてくれるなどして、思いを入力して音声で相手に
思いを伝えてくれます。それが、アイパッド化すれは、アイパッドが普及しているの
で、多くの人に知ってもらえたり、使っていただけることになると思うのです。また
スキャンもできることになれば、レッツチャットのように、ひとつのスイッチでも入
力が可能になっていきますね。
 </description>
		<link>http://www4.atword.jp/ohanashi/2012/05/16/%e3%82%b9%e3%82%a4%e3%83%83%e3%83%81%e5%b7%a5%e4%bd%9c%e5%ae%a4%e3%82%88%e3%82%8a%e3%80%80%e3%83%88%e3%83%bc%e3%82%ad%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%82%a8%e3%82%a4%e3%83%89for-i-pad%e3%81%ae%e7%99%ba%e5%a3%b2/</link>
			</item>
	<item>
		<title>ナイロン袋を４５秒で膨らませる事ができるようになりました</title>
		<description>２０１２年５月１０日のメルマから

今日は宮ぷーはナイロン袋を膨らませるのが４５秒でできました。すごいです。それ
から、「僕の歩く道」の歌を歌う練習をしたら、もし聞いている方がおられたら、何
を言っているのかはわからないかもしれないけれど、でも、私が、「ぼくの」と言う
とすぐに「ぼくの」と言って、「歩く」というと「歩く」と言う風に、すぐに声が出
るのです。前のように声がなかなか出せなかったりはしないのです。そして一曲ちゃ
んと歌えました。明日からこの練習をしていこうとう思います。体重測定をして、
５３，４キロだったとのこと。少しだけやせました。でも、大丈夫と思います。 </description>
		<link>http://www4.atword.jp/ohanashi/2012/05/10/%e3%83%8a%e3%82%a4%e3%83%ad%e3%83%b3%e8%a2%8b%e3%82%92%ef%bc%94%ef%bc%95%e7%a7%92%e3%81%a7%e8%86%a8%e3%82%89%e3%81%be%e3%81%9b%e3%82%8b%e4%ba%8b%e3%81%8c%e3%81%a7%e3%81%8d%e3%82%8b%e3%82%88%e3%81%86/</link>
			</item>
	<item>
		<title>病院におられるお父さんとお母さんのお話　つづき</title>
		<description>２０１２年４月５日投稿の同名の記事

http://www4.atword.jp/ohanashi/2012/04/05/病院におられるお父さんとお母さんのお話%E3%80%80２年/

ここからの続きです

2012年５月１０日のメルマから

しばらく、病院のお母さんとお父さんには、お会いできていませんでした。それで、
昨日、宮ぷーに行ってくるねと病室に行くと、お父さんがおられませんでした。いつ
もなら、お父さんがおられないときは入らないのです。けれど、きっとお母さんも
「どうしてるのかな？」って私のことを気にしてくださっているのじゃないかと思っ
て、そっと入って行って、お声をかけました。「かつこです。しばらく来れなくて、
すごく会いたかったです」「今日はお父さんは？」「今から来られるのかな？」とお
声をかけたら、私がいる方に頭がすーっと動きました。ああ、頭が動いた。お母さん
に抱きついて、泣きました。「ああ、お母さん、頭が動きましたね」って言うと目を
ぎゅっとつぶる感じで返事をされるのです。

お母さんすごいすごい。頭が動きましたよ。でも、また動かしてみてくださいと言っ
ても動きませんでした。宮ぷーもそうでした。無意識の感じなら動いた。でも、意識
するとどうやったら動かせるのかがわからないのです。「お母さん、何度でもしたら
できるようになります。何度でも動かそうとしてみてくださいね」と言って帰ってき
ました。本当なのです。たとえば、宮ぷーはもう、ナイロン袋を２，３分で膨らませ
ることができます。でも、今年の始めはどうやったら息が吹き込めるかがわかってい
ませんでした。何かの折にできることがあっても、いつもじゃなかった。でも、今は
ほとんどいつもできます。もう少ししたら、当たり前のようにできるでしょう。

お父さんはやはり、まだ怖くて、お母さんを端座位に座らせることができないんやと
おっしゃっておられました。首のようすがどんなふうか、もうベッドの後ろに自分が
入って首を支えてバイクの二人乗りのようなことができるのか、お父さんがおられる
ときに、お尋ねしてみようと思います。無理はできない。そして、これはやはり、お
父さんとお母さんが決めて行かなくてはならないと思うのです。けれど、注意をしな
がらすれば大丈夫ということも伝えたいです。

そして、最初はいつものお父さんの車もみつからなくて、お父さんに何かあったのだ
ろうか、ご病気とかではないといいけれどと心配になって、電話をかけてしまいまし
た。そしたら病院におられるとのこと。すぐにお部屋に行くと変わらずリハビリをさ
れていました。昨日はお通夜だったのだそうです。ももこのことも心配をしてくだ
さって、どうもないのです。大丈夫と言いました。そして、昨日の話をしたら、「首
の練習を枕を取ってしとったら、ときどき首をぎゅーっと右に動かすがや、ときどき
左側に戻したくないがんみたい（ないみたい）ときもあるしね」とのこと、これまで
はくすぐっても何をしても、動かなかった足も、ボールペンでこすると動くように
なったとのことで、私もとてもうれしかったです。もちろんそれは、直接くすぐった
いと感じているということではないかもしれないけれど、動かないより、くすぐった
ら動いた方がいいに決まっています。

 私は今日も祈り続けています。本当に心を失いそうなことも、ときとして起きてし
まう。けれど、私はいつも思うのです。必ず最後はうれしい。必ず全部がいつかのい
い日のためにある。絶対にそれは間違いのないことと、私は心からそう思っていま
す。

２０１２年５月１８日のメルマから


病院のお父さん、いつも私よりもずっと早く来ておられるのですが、このごろは少し
遅いのか、私の車が着いたときは、お父さんの車がありません。でも、少しリハビリ
をしたあと、お母さんのところに向かうと、必ずお父さんが大きな声でお母さんに話
しかけている声が聞こえます。お母さんのお部屋に行くと、お父さんが「このごろ
は、仕事が忙しなって、祭りも何も、そっちのけや」と言われました。お父さんの地
域はとても有名なお祭りがあるのです。今度の土日がお祭りなのだそうです。お祭り
のときは、どなたでも、おうちに招き入れて御馳走をするというお祭りで、（このご
ろは、招待をするということも多くなったそうですが）１０年に一度当番がまわって
きます。その筋（通り）の順番になるとすごくお金もかかるので、祭り貯金というの
があるくらいだそうです。

お祭りのお話しを伺っているうちに、お母さんがふわーと笑われました。すごく楽し
そうに。お父さんが「ああ、おかあさんも、祭り大すきやもんな。そうか、祭りや
ぞ、祭りやぞ」と言われました。私は涙がこぼれました。お父さんも「笑うとふわっ
とやわらかい顔になる。この顔、少しずつ戻ってきとる気がするなあ」と言われまし
た。本当に長い間にっこり笑っておられたのです。そのあと、また顔をぎゅって動か
されました。このごろでは、首を動かすリハビリをしているときは、必ず左側に首が
動くそうです。右に戻せないほど強い力なのだそうです。それから、「わしのときに
も、このあいだ、指が動いたように思ったな。わからんけど、動いたような気がした
な」と言われました。本当にうれしいです。

お家に帰れたらいいのになあ。けれど、お母さんは栄養を鼻から入れておられる鼻腔
栄養という方法をとっておられます。鼻腔栄養の場合は抜けやすいので、家に帰った
りはむずかしいのだそうです。戻ると、宮ぷーが「おかえり、おかあさんはどうだっ
た？どんな様子だった？」とお母さんの回復を宮ぷーもとてもうれしいのです。


2012年５月２１日


病院のお父さんに
来ていただいてインタビューが始まりました。はずかしがりやのお父さん。でも、本
当に男らしくてかっこよくて、最初はすごく緊張しておられて「わたくしは、○階の
○○号室の…というふうに名前を言われました。「山元さんのおかげで、回復をさせ
ていただいて・・・」なんて緊張しておっしゃるのです。でも、インタビューが進む
うちに、お父さんのお人柄が本当にうかがわれる素晴らしいお話しを伺うことができ
ました。

「最初一年は、とにかく、植物状態なんだとそう思っていて、できることをしようと
手足のリハビリをするしかなかったけれど、教えてもらったことを毎日続けているう
ちに、どんどん変化がみられるようになってきたんです」「一番うれしかったのは、
植物状態だと思っていたのだけど、写真を見せたらいいと言われて、孫の写真を見せ
たら、写真を追って、目が下へ動いて、これは大変なことになったとびっくりして、
宮田さんの病室のドアをたたいて、大変なことになったと言ったその日がうれしかっ
たですね」私がこのあいだ、お母さんが笑われましたねと言ったところ「お母さん
が、笑っても悲しくても、その表情がそうだということがわからなかったけれど、山
元さんが、笑っておられますねと言うと、なるほど、お母さんの顔がやわらかくなっ
て、笑っていて、ああこれがそうだ。うれしかったり、さびしかったり、悲しかった
りするんだとわかってうれしかったですね」と言われました。

私が「夢はなんですか？」とお尋ねしたら、「家内は、ものすごくしっかりしてい
て、私がどんなふうであっても、外で、私のことを、できた人だ、いい人だとほめる
ことしかしなかったですね。私が何もできなくてもいつも私を持ちあげてくれて、
しっかりと私の仕事を手伝ってくれて、それがどんなにありがたいことだったか、倒
れてから、それがはっきりとわかりました。意識がしっかり回復して、話しがしっか
りしあえるようになったら、僕は、ありがとうという思いを伝えたいです」ああ、泣
きます。なんて素晴らしいお父さん。お父さんは毎日つけておられる日記について、
「この日記をつけることで、回復の様子が分かればそれが、自分たちの励みになる。
また、もしかしたら、他の方の励みにもなることがあるかもしれない。あればいいな
あと思います。回復していくための方法を実践していくことで変わるんだということ
を伝えたいです」

「宮田さんが、まったく同じ病気で、そしてよくなっていっている様子を見て、僕た
ちにも光があると思えるようになった」とも言ってくださったので、私は「お父さん
とお母さんもまた光になっていきます」と思ってそうお話ししました。もっともっと
素晴らしい言葉を伺うことができました。ひろこちゃんは、「かっこちゃん、こんな
に大切な仲間をつなげてくれてありがとう」って言ってくださったけど、私は、こん
なにこんなに大好きなみんなはきっと、もう何か大きな力が働いて、そして、住んで
いる場所も、職場も学校もみんなバラバラで、でも、きっと出会えるようにしてくだ
さって、それぞれが動かされて出会えたのだろうかなんて、そんなことを思いまし
た。
 </description>
		<link>http://www4.atword.jp/ohanashi/2012/05/10/%e7%97%85%e9%99%a2%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%82%89%e3%82%8c%e3%82%8b%e3%81%8a%e7%88%b6%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%a8%e3%81%8a%e6%af%8d%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%ae%e3%81%8a%e8%a9%b1%e3%80%80%e3%81%a4%e3%81%a5/</link>
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