柴田先生の「きんこんの会」レポート しげちゃんより

5 月 9th, 2012

2012年5月8日のメルマより

白雪姫プロジェクトのページで、「これまで障害が重いために、言葉の獲得以前の発
達段階にあると考えられたり、簡単な言葉しか発したり理解することができないと考
えられていた方々が、実際には豊かな言葉の世界を有しているという事実を、私は、
広く世の中に訴えたいのです」と書いてくださっている國學院大學の柴田先生のきん
こんの会に、仙台のしげちゃんが出席されて、レポートを書いてくださいました。柴
田先生に見ていただいて、載せさせていただきます。

・・・・・
(柴田先生から)山元先生 いつも応援していただいて、ありがとうございます。5
月3日に開いたきんこんの会では、メルマガで私たちのことを知って、関心を持って
くださった方が何人もいらしてくださいました。ともかくみんなで話し合おうという
ことでささやかなスタートを切って2年ほどが経過したのですが、当たり前に語り合
う場所として、少しずつ定着して来ました。今回、こんなにみなさんの言葉を書き
取っていただいて、本当に感謝しています。名前については、以前話し合ったことが
あって、実名を希望する人と匿名を希望する人がいたので、ペンネームにしようとい
う話になったことがあります。みんなのペンネームを決める話は立ち消えになってし
まったのですが、こういう話をしておりましたので、イニシャルに変えさせていただ
きました。
・・・・・

先日のきんこんの会では、これまでであれば、こんなに深い思いを持っておられるこ
とすら、気がつかれなかったのではないかと思われるみなさん同士で、語り合う形で
会が進んでいったとのこと。柴田先生は通訳のお仕事でみなさんの間を走り回ってお
られたようです。
・・・・・
(しげちゃんのレポートです)5月3日のきんこんの会について報告します。
会場の建物の入口の前には女の人が笑顔で迎えてくれていました。その方が柴田先
生の奥様のななえさんでした。ななえさんは会場の教室まで案内してくださいまし
た。会場にはもう何人かの方が集まっていて、柴田先生はそのなかにいらっしゃいま
した。柴田先生もとても優しそうな方で、会の最中は走り回って通訳をされていまし
た。僕はお二人ともひと目で大好きになってしまいました。

連休ということで、道路が混んでいるらしく最初は人数が少なかったのですが、最
終的には40人以上の方が来られていました。内訳は当事者の方が10人ほど、当事者の
お父さんお母さんがやはり10人ちょっと、ヘルパーさんが4人くらい、そのほか一般
の方が15人くらいでした。なかには取材で来られた雑誌の記者の方もいらっしゃいま
したし、特別支援学校にお勤めの先生や福祉施設で働いておられる方も何人かおられ
ました。それから、かっこちゃんのメルマガなどで柴田先生を知ったという方も僕ら
を含め8人おられました。ハートオブミラクルの三浦さんは、岩崎靖子さんの代理と
いうことで、宮ぷーの映画だと思うのですが、ビデオで撮影をされていました。撮影
については、恥ずかしいといわれていた方もいましたが、どんどん撮ってもらいたい
という方が多いようでした。司会をされたT.Iさんは、顔を隠されるのが嫌いだから
どんどん撮ってほしいと話されていました。

まず「きんこんの会」についてですが、2年前に当事者の方たちが何かのおりに研
究室に集まったときに、このまま集まる会をしたらどうかということで始まって、最
近は2ヶ月一回くらいのペースで集まっているそうです。当事者の方が中心であると
いうことが会の原則なのだそうです。以前は柴田先生が個別指導をするという内容
だったそうですが、今は当事者の方が慣れてきて、当事者の方の一人が司会をされて
柴田先生は通訳に徹するというかたちで、当事者の方たちが話し合いをどんどんされ
ていました。
「きんこんの会」の名前はY.Iさんという21歳の当事者のひとりであるお嬢さん
が、鐘がきんこんと鳴って響きあうようにということで「きんこんの会」がいいと言
われたことに由来するとのことでした。これは、ただ響きあうのではなく、力強く響
きあう音という意味があるのだそうです。鐘の鳴るきんこんという、とても力強い響
きで世の中の常識を打ち破っていくという願いがこもっているということでした。

お話をずっと伺っているなかで、この会は、当事者の方たちが言葉をたくさん持っ
ていて、伝えたい思いがたくさんあるということを世の中に知ってもらうということ
が一番の目的のようですが、参加されている方たちが、みな柴田先生やほかの通訳の
方の手を借りて、いきいきと自分の思いを伝えたり、意見を交わしたりできる場でも
あるのだということが分かりました。当事者のみなさんは、ほんとうに溢れんばかり
に言葉を持っていて、発言の順番がくると、それはもう素晴らしい意見を述べられた
り、思いを語ったりされるのです。

僕は当事者の方たちが、本当はたくさん言葉を持っていることを知っているつもりで
した。でも実際に自分の目で見て、本当に心の底から感動しました。仙台には障害が
ありながら素晴らしい詩を書かれる大越桂さんという方がいます。柴田先生の本も読
ませていただいて、当事者の方が書いたたくさんの詩も読んで繊細で多彩な思いを
持って、それを伝えられていることはわかっていたつもりでしたが、それが現実に起
こっていることを目の当たりにして、ただただ感動したのです。
参加されている当事者の方は毎回のように参加してどんどん話をしている方がいる
一方で、今回が初めてだったり、あまり参加していなかったりでこの会の様子をあま
り知らない方もいるようでした。慣れている方はどんどん意見をのべていましたが、
慣れていない方は、柴田先生のやり方や慣れている人たちの意見が飛び交っているこ
とに驚いているようでした。

通訳の方法は先生が体に触れて読み取る方法が一番早く、スムーズにみなさんが話を
していました。かっこちゃんのメルマガで読んでいたところでは手を持って上下に振
りながら読み取られるということでしたが、実際に柴田先生は当事者の方の体に手を
触れているだけでした。ときには、もう触れる前から言葉を話していることもあった
ように見えました。おそらく触れなくても近くにいるだけで言葉を感じられるように
なっているのだと思います。その方法は、最初はあかさたなと言いながら最初の言葉
をさがすところから始めますが、始まってしまうとよどみなく普通の会話のように言
葉を話されていました。最初の文字だけ探り当てると次々と言葉を予測していかれる
そうなのですが、当事者の方たちもあまりにも柴田先生の予測が的確なので不思議に
思っているのだそうです。

柴田先生以外の通訳の方たちは、当事者の方の指を片手に持って、もう一方の自分
の手のひらにひらがなを書かせるという方法で言葉を読み取っていました。この方法
は先生のやり方よりも時間がかかりますが、簡単にできて正確に言葉を読み取ること
ができるそうです。柴田先生のやり方は早いですが、予測を入れずに一文字ずつ読み
取っていく方法だとかえって時間がかかってしまうのだそうです。柴田先生の域に達
するには相当な努力が必要なのではないかと思いました。その他にもボードの50音
を指し示してもらう方法など、いくつかコミュニケーションのやり方はあるようで
す。

当事者の方はそれぞれ個性があって、話を伺っていてとても面白かったです。軽く
楽しい感じで、冗談を交えて話される方や、力強く話をされる方や、おとなしくて優
しい感じの方などいろんな方がいました。若い方は特別支援学校を卒業されたばかり
の18歳の方がおられたり、大学生位の年齢の方や、何歳くらいかはわからないのです
が、大先輩と呼ばれる方もおられていろいろでした。

それぞれ個性が違い、それぞれ違う環境にいますが、みなさんの思いは共通してい
て自分たちに言葉があって、繊細な心も持っているということを、普通の社会にいる
人たちに知ってほしいとずっと願っておられたようです。少し話ができる方もいます
が、なかなかいろんなことを話すのが難しく、かえってそれ以上言葉がないと思われ
てしまうということがあったようです。みなさんが人から理解してもらうことをずっ
と心待ちにしていて、理解されないと、諦めてしまったり、中には強硬手段に訴え
て、人を叩いてしまったりしているという方もいました。その方は、なかなか自分の
ことをわかってもらえなくて、追い詰められていると話されていました。それは、自
分のことを理解してもらえないままお父さんやお母さんが年老いてしまったら、施設
に行くしかないけれども、理解されていなければ、そこは監獄と同じだと言われるの
です。そういう焦りがその方の心の中にはあるのだそうです。

若い人たちから大先輩といわれていたS.Iさんという女性の通訳を先生がしたとき
に、女性の言葉遣いで「~したわ」などと話していました。今までは、そういう言葉
遣いをされたことがないようで、先生もびっくりされて最初とまどっておられまし
た。そのときに、S.Iさんは、先生の男性の声でしゃべるはいやだわと言ったり、先
生が女性の言葉で話すのがうまいのでそちらの気があるのじゃないかと言われていま
した。もちろん冗談なのですが、こんな楽しいことを話されるS.Iさんの表情は見た
目にはあまり変わらず、ご存じない方には、この方の中に言葉や思いがたくさんある
のに気づくのは、なかなか難しいだろうと思いました。仲良くなっていろんなことを
話ができたら、きっと楽しい方だと思います。そういう方だとわかったら、きっと友
達になりたいと思う方もたくさんおられるだろうなと思うのです。

当日は雨だったのですが、会の間に雨はだいぶおさまってきていました。まとめの言
葉を話された方は、晴れ間が見えたとしたら、それは今日の私たちの気持ちと同じだ
から、帰りに少しでも青空や星空が見えたら、私たちの気持ちが見えたと思ってと話
されていました。
みなさんはずっと我慢して、いろんなことに耐えてこられたけど、ようやく柴田先生
の方法に出会われて、雲の間から光が差し込んできたような気持ちでおられるのかな
と思います。

会に参加された外部の方たちは、ある程度知識を持っている方でしたので、ほとんど
の方は目の前で展開する出来事に疑いを持っていなかったと思いますが、まだまだそ
れを目の当たりにしても信じない方が多いそうです。柴田先生が勝手にひとりでしゃ
べっているのだろうと言われることもあるのだとか。仙台の大越桂さんの場合も信じ
ない方がいて、お母さんがやっているのだろうと心無いことを言われるそうです。
帰ってからずっと、僕たちがこの会に参加した意味を考えていました。きっと僕た
ちは見えない存在に呼び寄せられてあの場所に行かせていただいたのだと思うので
す。僕になにができるのかわかりませんが、もうひとつ僕たちのやることが見つかっ
たなという思いを強くした一日でした。

あまりに書きたいことが多すぎてまとまらず、結局どういうことが話されたか、以
下に全部打ち込んでみました。時間がかかって大変だと思いますが、読んでいただけ
るとうれしいです。

T.Iさん 今日、いろいろお客さんが来ているなかに、遠くから来られている方もい
らっしゃるので、僕は本当に感激しています。なぜならば、僕たちの存在はまだ分
かってもらえていないのに、なぜそんなに遠くの人まで来てくださったのかというこ
とがとても興味深いですが、さきほどからの自己紹介のなかに、山元加津子先生とい
う名前が出てきていたので、きっとその人が柴田先生のことを広めてくれたのだとい
うことが分かります。その方のことはあとでゆっくり柴田先生に聞こうと思います
が、そうやってどんどん広がっていくのがうれしくてしかたありません。なぜなら僕
たちのことはまだ、世の中では、あれはインチキだとかいう言い方のほうが多くて、
なかなか本当のところは理解されていないので、僕たちは理解してもらうのに一生懸
命なんですが、今日はこんなに分かってくれるひとがいるので、理解されるというこ
とではなく、何を考えているかを伝えて行きたいと思います。
まずS.Mさんに僕たちの会について説明してもらいたいと思います。

S.Mさん 僕たちの会は自分たちのことを世の中に認めてもらうために作ったもので
す。この会はまだそんなに回を重ねているわけではありませんが、僕たちの会は自分
たちが主役であることがとても大事なことです。先生も何度も強調していましたが、
昔は僕と先生の関係は教師と生徒でしたが、今はこういう会では僕たちが主人公で先
生はただの通訳です。そういうふうに僕たちが主人公になれる大切な機会になってい
ます。

僕たちの会のなまえはさっきわかりにくかったけれど、きんこんの会という名前が
わかりにくいのではなくて、きんこんの会の名前の由来が少しわかりにくかったけれ
ど、Y.Iさんが考えたもので、僕たちにとってはきんこんというのは、ただひびきあ
うだけでなく、力強く響きあう音の意味があります。響きあうだけだともう少しやわ
らかい音のほうがいいのですが、きんこんという響きはとても力強い響きで世の中の
常識を打ち破っていく力強い響きがあるのでそういう気持ちをきっとY.Iさんはこの
名前につけているはずです。そうでなければ、もっとやわらかい音の響きをえらんだ
はずですから。そういう会ですので今日はよろしくお願いします。

僕のいいたいことのひとつは僕たちはまだまだ地域で自立して生きていくことが難
しいことです。地域で自立して生きていくということが、なぜ難しいかというと僕た
ちにはまだ自分たちの気持ちを伝える手段が限られているからです。最近ようやく手
段が見つかってきたのですが、この手段がまだ特定の人に限られているので、まだま
だ自由に意見を言ったり、気持ちを表現することができません。だからぼくたちは自
立生活をおくるには時間がかかりそうです。でもきょうはまだ来られていませんが、
僕たちと同じような障害で、地域で自立生活をしている人もいますし、そういう意味
では夢ではないと思うのですが、どこから手をつけていいのか、皆目見当がつかない
というのが実情です。こんなふうにたくさんの人が集まってくれるようになり、僕た
ちの存在も少しずつ認められて来たようなので、会が発言権を持てば、もうすこし世
の中に伝わっていくのではないかと思います。

まだその日は遠いと思いますが、こんなふうにどんどん広がるとは思っていなかった
のでとてもうれしいです。ところで僕たちの仲間のなかにはこんな会話ができる日を
夢見ながら亡くなっていった仲間がたくさんいます。先生の本にも僕たちが知ってい
る仲間の詩が書いてありました。かれらはこういう日が来ることを夢見ていたのに残
念ながら間に合わずに去っていきました。ひとりのメンバーは最近まで、去年の7月
までこの会に来れていたのですが、去年の7月になくなってしまいましたが、こうい
うふうに世の中の人に認められる日が来るのをたくさん待ち焦がれていた人でした。
そのひとのことを思うと少し悲しくなりますが、そういう仲間の分まで僕たちはがん
ばっていかなくてはいけないと思います。

T.Iさん それでは次にY.Iさんにきんこんの会の由来も含めて話してもらいましょ
う。

Y.Iさんの言葉 きんこんは強くて硬い響きですが、わたしは強くて硬い響きがいま
は必要だと思っています。なぜなら、私たちは力強く生きていかないと世の中の人に
わかってもらえないので、きんこんという力強い音が響きあうことが大事だと思った
からです。私の言いたいことは、なかなかうまく伝えられないのですが、こういうや
り方を使うと実にすらすらと言えます。私は少しなら言葉をしゃべれるので、かえっ
てそれ以上のことを考えていないと思われやすいのですが、私は言葉を話したくても
簡単な言葉しか話せないので、わたしはこういうやり方でないとすらすら話すことは
できません。言葉も身体もなかなかいうことをきいてくれないのが私の状態です。で
もこうしてすらすら話せるようになったので、わたしは自分を言葉の障害者だとは
思っていません。これからわたしは身体の障害はあるけれど、みんな同じ人間という
ことで生きていきたいです。

T.Iさん ときどき僕たちが言いたいことを先生が先取りすることもないわけでない
のですが、先生はすぐにそれに気づくので、この速さができていまが、初めて見た人
は先生が勝手にしゃべっていると思うと思いますが、先生は最初の一文字目をさぐり
あてるとすごい速さで次の言葉を予測していくのですが、あまりにも当たるので僕た
ちも気持ち悪いです。先生はいろんな情報を総合しているみたいなので、間違ったと
きににわからないと困るが、このやり方は間違ったときにきちんと通じるので安心し
て話しているが、いまのようにゆっくりになったときはいっしょうけんめいいろいろ
な事を確かめているのですが、何を確かめているのかは僕も先生もわからない。すら
すら言っているのは先生の予測ですが、なぜこんなに当たるのか不思議です。気持ち
によりそっていると次から次へと言葉が湧いてくるので、そんなにむずかしくないと
言っていますが、離れていると予測は当たらず、きちんと触りながら寄り添っている
と人間はけっこう気持ちが通じるものだというのが今のところの考えです。

僕が一番言いたかったことは、こんなふうに僕たちがせっかく話せるようになった
のに、世の中の多くの人は僕たちを何もわからない存在と決めつけていることについ
てなんとかしたいということですが、きょうは理解されていることが大前提で話をし
たいのですが、普通の世の中では、まず私のことから話さなくてはいけないので、今
日は楽です。
何か考えてきた人はいませんか。D.Tさんお願いします。

D.Tさん 手のひらに指で書く方法も広げてほしいです。このやり方で友達が声を出
せるようになります。このやり方は正確に言葉を伝えることができるいい方法だと思
います。

T.Iさん 先生のやり方が一番難しく、手のひらにひらがなを書くのが一番やさしい
ようです。その間に50音を指差す方法が位置づけられると思います。
次はD.Sさんお願いします。

D.Sさん 僕はまだ驚くばかりです。前に先生に会ったときより、そうとうにスピー
ドがあがっていたので、驚いていたのですが、こんなに予想をたてて、こんなにたく
さんすらすらは話せるようになっているとは思わなかった。今日は自分たちの言葉を
どのくらいみんなが言えるようになっているか知りたいと思っていました。母の話で
みんながどんどん話し合ってというので、その姿を見たいというのが一番の気持ちで
した。そういう姿が夢だったので、それが叶っている場所があるのをこの目で見た
かったです この場に来て一瞬にしてそれが本当だとわかりました。僕らが集まって
会議のようにして話しているのが驚きでした。先生と一対一で話しているときは先生
と生徒ですが、こうしてみんなと話しているときは、先生はただの通訳で、僕たちが
気持ちを伝えあっているだけなので、こういう会がいつか叶うとは思っていました
が、まさか実現しているとは思わなかったです。今日は来てよかったです。

僕はまだ世の中の人に理解されていないどころか、うまく伝わらないときには強制的
に相手に伝えるために相手を叩くことを始めました。誤解ははされるけれども、我慢
していると存在さえ振り返られなくなってしまうので、最終手段としてやっているの
ですが、それぐらい自分は追い詰められています。追い詰められているというのは、
ぼくはだれにも理解されないまま、両親が年老いてしまったら、理解されないまま施
設に行かなくてはならないという思いが強くなったからです。施設に入るのには抵抗
はないが、施設に入るときに理解された状態かどうかが重要です。施設に入るのはな
にもかわいそうなことではありません。施設にはいるのは僕が親から独り立ちするだ
けですが、理解されないで入ると監獄のようなところになってしまうし、理解されて
いるなら安住の場所になります。だから施設に入るまでに僕をわかってもらおうと考
えたらついに最終手段に訴えるしかなくなったのです。

今日来てみて、こんなにすらすら話しているのをみるとその日はそんなに遠くない
と思えるようになりました。お母さんが横で感激しているのは、僕たちの言葉がこん
なに飛び交っているからですが、僕たちもまさかこんなにできるとは思っていません
でした。先生もがんばってこられたのだと思いますが、僕たちも相当がんばったと思
います。いろんなことに耐えてきて、いろんなことを我慢してきて、言うべきときに
は言ってきて、そういうひとりひとりの力がこういう場面を作っているのだと思いま
す。そこは理解してもらいたいです。先生は僕たちの言葉を通訳できるようになった
のは、決して先生の力ではない、先生をそこまで仕向けた人がいたからだと言ってい
ます。そういうことの成果としてこの会があるのだと思います。僕たちの意見を言え
る会ができたことに感激しています。

T.Iさん 力強い意見で、僕たちの言いたいこととぴったりで感激しています。つい
に最終手段を使わなくてはいけないというのが、最高にいい響きでした。僕は最終手
段をつかえていないが、僕は人を叩くことができないので、何にするかゆっくり考え
ます。
次は大先輩のS.Iさんお願いします。

S.Iさんの言葉 私はずっと言葉を話さなかったけど、姉にはいつも気持ちは伝わっ
ていたわ。姉は小さいころから私のことを理解していて、あなたにはたくさん言葉が
あるわねって言っていたから、姉とはいつも言葉をやりとりしていたわ。直接言葉が
伝わったわけではないけど、あなたはこう言いたかったのよねと私の代わりに意見を
言ってくれたし、いつも当たっていたので、姉のおかげで言葉をなんとか伝えること
ができていたわ。でもさすがにここまで話せると思っていなかったので、このやり方
に出会って本当に驚いたわ。先生はいつもギターを弾いて歌っているだけの人だと
思っていたの。

私の気持ちを言えるようになってよかったことは、両親が私に安心して話しかけてく
れるようになったことだわ。私の言葉に関心がなかったけど、最近は安心して話しか
けてくれるので、お互いに気持ちがぐっと近づいて幸せになりましたよ。私は世の中
に分かってもらえなくてもいいと思っているの。私はずいぶん長いこと世の中から見
捨てられてきたけれど、大事にしてくれるひともたくさんいたし、大切な友達もいる
から、これ以上世の中に理解してもらわなくても、まわりにいる人と豊かな関係を築
きたいというのが私の思いだわ。若いひとたちの意見を聞いていると本当に大事なの
は世の中を変えることだと思うけど、お年をめしてしまった私にとっては、まわりを
豊かにすることが大問題です。

D.Sさんが言っていたように理解されている施設に入るのか、理解されていない施
設にはいるのかで運命はまっぷたつに分かれてしまうわ。ぜひ理解されて施設に入り
たいわ。理解されていると思えば、施設の人はけっこう優しい人が多いのよ。でも理
解されていないと忙しいから通り過ぎ去ってしまうし、通り過ぎ去られてしまうと心
もだんだんしぼんでしまうから、理解される存在として施設にはいりたいわ。

D.Sさんが言ったように施設に入ることは自立であって、悲しいことでもなんでも
ないわ。このぐらいの年になると私の人生にどんな意味があったのかじっくり考えて
いきたいし、この年でこういうやり方にであって、あらためて自分の生きてきた意味
を考えなおすことができそうで、胸がわくわくしているわ。みんなが話しているのを
見るだけで私が生きてきた意味があったと感じられるので、私は幸せな気持ちで家に
帰れるわ。だからみなさん激しい言葉でいいから世の中を変える話をして。私は後ろ
からほほえましく見させてもらうことにするわ。昔のように世の中を変えてやるわと
いう熱い気持ちを取り戻したいと思うので、熱い気持ちをぜひ聞かせてほしいわ。

A.Kさん こういうやり方が最近は学校でできるようになりましたが、学校ぐるみと
いうわけにはいかず、半数以上の人に分かってもらえるまでは、社会に対する説明責
任があるので難しいと先生が言っていました。僕たちのころは信じてくれるどころ
か、信じた先生があとでいろいろ言われました。最近は信じてくれる人が増えている
のでうれしくなっています。僕らは口では元気なことを言っていますが、世の中を変
えるのはどうするか不安です。
S.Iさんの周りを豊かにするという言葉は心に響きました。僕の施設も少しずつ僕
の言葉を信じてくれるひとが増えています。施設は簡単に変わるというのが実感で
す。施設はひとりがわかってくれれば、二人三人と増えていくのであまり苦しくはあ
りません。学校は一人ぐらいのときが一番厳しくて、その先生がつらい思いをする場
面もありました。

T.Iさんの施設は通訳ができる人が何人もいるそうですが、僕の施設はゼロです。
そういう人がでてくるようがんばりますが、指でやるやり方が一番簡単だとD.Tさん
が言っていたが広めたいと思います。あかさたなは難しいし、指でやる方法は予測を
いれなければあかさたなよりもはやいと思います。
僕たちの気持ちはなかなかわかってもらなくて苦しんでいますが、僕らはそんなに
弱々しくないというのも理解してほしいです。心の中はそうとうに黒々としているの
で、そのことはボランティアの方はそのことをお忘れなく。どんなことを考えている
かというと、あの日のあの言葉気に入らないとずっと考えていたりします。でもそう
いう言葉を通訳を通じて絶対に話すことはないです。
僕の言葉は力強いと先生に言われるけど、それは腹黒さから来ています。

H.Oさん(初めて参加された方のようです 手のひらに字を書く方法で通訳していま
した)
初めて字を書きました。できるんですね。私も書けたんだから誰でもできると証明
します。詩を書いています。詩はみなさん書いているのでしょうか。おしえてくださ
いね。
(T.Iさん:みなつくっているのでおきかせください)
では私の詩を言いましょう。
いまわたしは詩人です
すなおな命いま咲きました
こころがつながる命の芽吹き
いまわたしは詩人になる

(T.Iくんから みずみずしい女性らしい詩だといわれて)
みずみずしいと言ってくれて嬉しかったです。また詩を作ります。

S.Mさん 僕は若者らしい障害者であることをみせたいです。T.Iさんも女子好きだ
し、先輩でキャバクラに行った人もいるので、僕も行ってみたいと思っています。

T.Iさん 僕はS.Mさんのように誰が好きだとか、AKBの話だとかはしません。母に後
であれこれ聞かれてうるさいからです。
次はR.Iさんお願いします。

R.Iさん ぼくは夢ばかり見ている青年なんです。僕の夢はお母さんといっしょに外
国へ行くことですが、飛行機にものれないし、現実には難しいです。そんな叶わない
夢ばかり見ています。でも、今日の話を聞いていて夢もいつかは叶うのではないかと
いう気がしてきました。
少しずつ世の中が変わり始めているという実感がしています。震災で変わったと思い
ましたが、また元に戻ってしまいました。僕らのことも忘れ去られてしまうのかと
思ったけれど、おおぜいの人と話していると変わったのかもしれないと思いました。
先生ははじめてなので、僕のときは先生の通訳は遅いです。慣れていないので慎重に
なっているのだと思います。僕が迷うと先生も迷います。でも全然はずれていないで
す。本当にあたっています。さっき「全く」と「全然」で迷ったら、先生も迷いまし
た。

僕は、これからは叶うかもしれないという夢を見ることにしました。今の夢はお母
さんと買い物に行くことです。それは簡単にできると思います。叶うことを喜べるよ
うな青年になりたいと思います。ほんとうの夢は自立生活です。身体の具合がよくな
いのでパワーがないですが、みんなの話をきいているとパワーがみなぎってくるよう
です。僕も詩を作ります。詩を作っていると、身体も軽くなるし心も開放されていま
す。僕たちには必要なものです。僕は今、夢か現実か取り違えそうです。こんなふう
に気持ちを語り合える会ができたことを嬉しく思います。きょうはたくさんきてくれ
てうれしいです。僕たちの言葉を聞いてくれる人がいることがひしひしと感じられる
ので、来てくださった人には本当に感謝しています。

T.Iさん 腹黒くない人が僕らのなかにもいました。普通の人にもいい人も悪い人も
いるのが世の中の縮図ですが、僕らにもいい人も悪い人もいるというのが世の中の縮
図ということなのでしょう。

H.Sさん この中には信じていない人もいると思う。視線でわかります。他人からは
よくわからないと思います。感じてくれることがとても大切です。いい方法が、信じ
てもらえない人とはできないので、信じて帰ってください。全員僕とジャンケンをこ
の方法でやってから帰ってください。この方法を信じられないと僕らの言葉も信じて
もらえないです。今のようにお母さんが早く読み取るときは、お母さんの心の中に何
もないときです。こういうときが一番気持ちがいいです。こんなとことをいうのかと
遮ろうとするとゆっくりになります。柴田先生のようになんでもかんでも通訳してく
れないと困ります。

D.Tさん (平日地域の方が来てくれて詩や文章を紡いでいて、メールで発信してい
るそうです。一番最近のものが、ヘルパーの人によって読まれました。)
明るくなって暖かくなりました
やっとなにもかもがきれいな花のようになって美しく見えます
ひとはよく考えて決めなくてはなりません
素敵でいるためには考えほほえむことです
僕も微笑んでいたいけどむなしく思えるときが
それはみなが何も認めてくれないときだ
人間として認めてほしい
気持ちを理解してほしい
まともにつきあってほしい
未来に夢を持ち続けたい

T.Oさん  たくさんきてくれてありがとうございます。 こんなに理解していただ
いて感激しています。お客さんがいるときは質問してもらうのもこの会で最近はじま
りました。質問すると(意見を交し合うと)対等になれます。柴田先生と僕らは対等
の関係になりました。地域の学校では対等の関係がありましたが、今また見つかりそ
うな気がします。

三浦りかさん(きみちゃんの娘さんです)の質問
先生の通訳は、同じ声なのに人によって声が違って個性がでているのが不思議です。

T.Oさん それは柴田先生と僕たちの関係がそれぞれ違うからです。僕と柴田先生と
T.Iさんと柴田先生の関係は全然違っていて、柴田先生はT.Iさんに触るまえからもう
にこにこして、何をこいつは言い出すのかというような感じで始まるし、僕の場合は
もう少し穏やかな感じだし、S.Mさんのときも楽しそうに近づいていくし、そういう
ふうにそれぞれの関係性が違うので、声も変わってくるのだと思います。さっきR.I
さんのときは、慣れていないだけでなく、R.Iさんのソフトな感じの人間関係がそこ
には現れていたのだと思いますし、さっき女の言葉になったときは先生は、一生懸命
ほんとかと確かめながら言っていたので、まだあれは慣れていない感じがしました。

それはいつもの人間関係の言葉とはとは違う女の言葉になってしまうから、先生はま
だ安定した話ができないからですが、僕たちのあいだではそれぞれの人間関係ができ
あがっているので、うまく話にあわせて声が変わっていくのだと思っています。たぶ
んそれであっているのだと思いますが、たぶん先生はわからないと思います。自分で
は変えていると思っていないと思うので、そういうふうに聞こえているというのが多
分先生は驚いているのがじつは触られているとわかるのです。先生がどう思っている
のかは、実は話しているときにはわかっていて、この話を先生は大喜びしているのか
こわがっているのか、それとも驚いているのかということは声でわかるので、今は先
生はさっきのことを一生懸命頭の中で考えているということがわかります。

そういうふうにお互いの人間関係が、お互いの感情も含めてこもっているので、なぜ
こんなに予想が当るかというと、たくさんの情報を処理しているとさっきT.Iくんが
言っていましたが、そういう感情的なものまで入れれば予測はどんどん当っていくの
だと僕は思っています。先生は魔法使いではないので、まさか心を読み取っているの
ではないといつも言っているし、僕たちが一番わかっているのですが、伝えるのをや
めた瞬間に、このやり方は伝わらなくなりますし、お互いに疲れ果ててくると、だん
だん伝わり方がむずかしくなっていきますから、心を読んでいるのではないというこ
とはわかっていますが、あまりにも予測が当たるので、驚きなのですが、感情的にそ
ういうところまでわかるので、そのひとたちの通訳の声が変わるのだと思います。

T.Iさん なぜ声が変わるのかよくわからなかったけれど、T.Oさんはよく顔を見てい
ますね。先生がなにか時計をみたらすぐにわかるといつも言っていますが、僕はそこ
まで見ていませんが、僕に近寄るときにはにこにこしているというのはよくわかりま
す。僕がなにをいいだすかうきうきした気持ちで聞きに来るので、僕もそういう通訳
になるのだと思っていますが、僕の意見では僕たちの気持ちがみんなちがっているか
らというのがひとつの答えだと思います。僕たちの気持ちはそれぞれの個性に応じて
いろいろあるので、そのことが言葉に反映してくるのだと思います。声までひとりひ
とりにあわせるのは大変だと思いますが、意識的にやったら大変なんでしょうが、無
意識にその人にあってくるからみんなの声が違って出てくるのだと思います。

僕たちの声は本当はこの声ではないとは思うのですが、みんなで話しているときにひ
とりひとりの違いは通訳のなかに出ているということになりますのでとてもうれしい
ことを言ってくれたと思います。僕たちはそのことに今までまったく気づかなかった
ので、そういうふうになっているならよけいに通訳が自分たちの気持ちまで反映でき
るということがわかったのでうれしいですが、先生一人だと範囲がせまくなるのでた
くさんの人が通訳してくれると僕たちの多彩な声を通訳してくれるのかなとおもいま
した。ありがとうございます。

H.Sさん 今の意見に勇気付けられました。気づいていなかったが、声が気持ちとし
て表情にでているなら通訳はいい方法だと思う。表情までつけられるならいいことだ
と思う。通訳の人が冗談なのに真面目に読んでしまうと冗談がつたわらない。柴田先
生のときは伝わる。柴田先生と意見がぶつかったことがありましたがあのときは怖
かったです。妥協せずにぶつけてきたので、対等の関係だったのでおもしろかったで
すが、そういうことまで考えられたのでありがたかった。母は冗談もまじめなときも
同じ口調 わかるか心配になる。僕の母は冗談のときは伝わりやすいです。まじめな
ことを言っているのにぜんぜん伝わらないことがあるくらい母のときはちょうどい
い。

並木さん 中学1年の女の子をサポートしている。何か言いたいのはわかるが、最初
に話せるきっかけをおしえてほしい。

T.Iさん それはひとりひとり違うが、Y.Iさんに聞いてみましょう。

Y.Iさん 偶然先生が私にもっと言葉があるあるとスイッチを確かめたことが進路が
定まる運命の日でした。私は必死でその施設に行きたくないと言葉をぶつけたのを思
い出した。私たちはいつも伝えたいことはあるが、こういうやりかたには偶然あうこ
としかできない。みんないつもそのときを待ち焦がれていて、特に私はまわりのなか
まがみんな話しを始めたのに先生は私がしゃべれるということで、それ以上の言葉は
ないと思って、私とはずっと算数と国語の勉強をつづけていた。もう卒業するのにわ
たしのことにはとうとう気づいてくれないのだと悲しい気持ちになったことを覚えて
います。最初は私ともうひとりが歩けるし、話せるのでまわりの憧れの的だったので
すが、寝たきりの仲間が話し始めたら、取り残されたという感じになりました。

母が私たちのこどもたちはあんなむずかしいことを書かないわねと少しさみしそうな
顔をしていました。そのときが来たのがうれしかった。私たちは自分たちからは言い
出せないので、待ち続けるしかないのが悲しいところです。いくら叫んでも私の声は
柴田先生やななえ先生には届かなかったし、言い出すことができずにいました。なに
がきっかけか、私たちにもっと言葉があると思って先生がスイッチを出してくれまし
た。このやり方は使えなくても、あなたには言葉がたくさんあるのねといって、話し
方を変えてあげると、その人はうまく伝わらなくても、そのことに気づいてくれたこ
とにきっと満面の笑みで答えてくれると思うので、救われたという気持ちになるので
はないでしょうか。

私たちにとってつらいのは気持ちを持った人間だとみられないことです。話せた方が
いいが、人間として認められれば、話せなくても大丈夫です。少し話せても人間とし
て認められなかった経験を持っているので、私はどちらが重要かということがわかっ
ています。人間として認められなければずっと置いてきぼりにされたままです。あた
りまえの人間だと認められさえすれば、今日もまったく発言できなくても気持ちは明
るいままです。なぜなら人間として認められているからです。オーバーにでいいか
ら、私はわかっていると伝えて、その人はきっと救われたと思うでしょう。先生の本
にそういうことがありました。素敵な言葉をきかせてもらえば、それを考えて一日を
すごすことができるというような言葉です。いい言葉をかけてもらえば私たちは幸せ
な気持ちになるので、この会でもそういうことがあまり語られてこなかったけど、よ
ろしくお願いします。

となりの大先輩がお姉さんとは話せていたのはそういう意味だと思います。言葉はか
わしていないけど、当たり前の人間とみとめてくれて気持ちを推測してくれて気持ち
が通じ合っていたから、その関係ができていればこの方法は必要ないから、そういう
ふうにしてくれるとうれしい。えらそうになって申し訳ありません。柴田先生の声が
えらそうに聞こえるので(笑)わたしはちっちゃな存在ですが、そういうこともかん
がえているのだということをわかっていただければ満足です。

T.Iさん Y.Iさんの気持ちは僕らの気持ちです。しゃべれなくてもいい関係がつくれ
ることは僕たちもわかっているので、忘れてはいけないこととそのことももっと強調
しなくてはいけない。
仙台からわざわざ来てくれたので、なにかきいてくれませんか

しげ 先生が言葉を読み取っているが、言いたくないことを先生が読み取って通訳す
ることはないのでしょうか。

T.Iさん それは僕にはないです。言いたくないけど言おうと思ったことが先に取ら
れるということを聞いたことがあります。好きな人の名前を書いてしまって、あわて
て消したことがあるということがあったとかで、そういうふうに言おうか言うまいか
迷った言葉をそのまま通訳されることがあるのかもしれませんが、僕にはそういう経
験がないので、誰かいませんか。

D.Tさん わかりそうでわからない感じになっているところが面白い 僕たちのやり
方はこれだけではなくて、ボードというのがあって、目で合図を送るやり方を長く
やってきたので、僕の頭の中には二つの回路があります。僕は目で文字ではなく絵で
使って話すときにイメージが湧くのですが、そのイメージが湧いているときにあかさ
たなを言われると、まったく違う言葉がでてくるので僕は困っています。なぜかわら
ないけど、そのことはふたりで考えています。
二人で飲み屋に行って、飲みながらひたすら柴田さんが僕の声をしゃべったり、自
分の声をしゃべったりしていたのでほとんど周りの人はあのひと一人で何をしゃべっ
ているのだという光景があったとおもうのですが、そうして話し合った結果、わかっ
たことは目で考えているときと、耳で考えているときがあるのではないかということ
です。目で考えているときにはあかさたなを言ったときになぜか柴田さんは勝手に読
み取ってしまうので...

(柴田先生:違った! こんなふうに ずれたときは彼の場合はわからないのです。
彼の場合はボードを使ってシンボルで会話できるので、あたまのなかはこの回路に
なっているとそのときはひろえもしません。柴田先生はD.Tさんの言葉を間違ってひ
ろったときに、違うという反応が帰ってこないので、言葉をひろい難いのだそうで
す。)

飲み屋に行ったときは、観察してみると面白いかもしれません。柴田さんは今の顔
をみると あまり気づいていなかったかもしれません。お客はそうとう変な顔をして
いたのですが、それは柴田さんが酔っ払っていたからでしょう。

T.Iさん このやり方でしかやったことがないのですが、そううまくいかないことも
あるという例です。今日は来ていないが、柴田さんのやり方だと言葉を盗まれる気が
するのがいやだという人もいます。自分である方法を持っているときには、このやり
方は自分ではペースを作れないということがあります。あかさたなと言い出すのは柴
田先生なので、最初の主導権を柴田先生が握ってしまうからです。その部分が気持ち
としては落ち着かないという人がいて、そのことを盗まれる気がしていやだといって
いるが、本当に盗まれたことはないと言っているので、盗めるものではないことが、
僕たちが一番よくわかっていますが、自分からタイミングを作れる人にとっては柴田
先生のやり方は作られてしまうところが不安だったりするのだと思います。

仙台から来てくれてありがとうございます。仙台には私たちの友人の大越桂さんと
いう方がいて、野田首相の演説や新聞に出てきたりしていますが、僕も少し知ってい
るのですが、離れているので、いつかスカイプで話をしようと思っていますが、仙台
というと大越さんを思い出しますが、大越さんのおかげで僕たちの存在も世の中に認
められるようになったので、いろんな人がいろんなところでがんばっていることがう
れしいです。仙台から来てくれてありがとうございました。
それでは、最後にまとめをうしろからおだやかなまなざしで見つめてくださってい
たS.Iさんにお願いしましょう。

S.Iさん きょうはわたしはとても感動したわ。私の言葉を女の子の言葉でも話せた
し、私のことを大先輩といってくれる若者たちとも話ができたし、私は少し後ろから
というのは、さっきはそういう気だったけど、今はいっしょに前を見てしゃべってい
るという感じよ。でもわたしたちの言葉をこんなにたくさんの人に聞いてもらえると
は思わなかったわ。私の周りというのは柴田さんも参加している青年学級のことです
が、青年学級では私たちに心があることがすぐ受け入れられたわ。それは柴田さんの
ことを信頼している若者がたくさんいるからよ。若者はすぐに信じてくれたけれど、
じつは年配のスタッフは今でも疑っているわ。

でも若者たちのほうが前に出て私たちを信じてくれたので、誰もかわっているという
ことは言えなくなったわ。そのくらいの場所があるのだけれど、同じように普通の社
会の人たちとの集まりでこんなに信じてもらえて、話ができるとは思わなかったわ。
さっきH.Sくんが言っていたことを思い出したわ。H.Sくんがぜひじゃんけんをして
帰ってほしいといっていたことだけど、わたしにはどういうやりかたかよくわらない
けれど、H.Sさんに最後にそれをやってもらって、この会を終えたらと思ったわ。ま
とめとしては頼りないかもしれないけど、私のまとめは以上よ。

私の言葉はこれからこれでいくことにしたわ。今日はそういうことにふっきれてよ
かったわ。だからはやく女の通訳も出てきてほしいわ。私いつまでも柴田さんの声
じゃいやだわ。ありえない声でしょ。という冗談まで言えてとても気持ちがうれしい
わ。そこまで言えるようになるとは思わなかったのでとても楽しいわ。今日はこんな
時間が持ててとても幸せだったわ。雨も少しおさまってきたみたいだし、晴れ間が見
えたとしたら、それは今日の私たちの気持ちと同じよ。だから帰りに少しでも青空や
星空が見えたら、私たちの気持ちが見えたと思ってね。私も少し詩人みたいなことを
言っているわ。私も少し詩をつくっているからね。私の詩を今度また柴田さんと松田
さんに聞いてもらうわ。柴田さんも松田さんもあまり私の声には伝わっていないか
ら、はやく女の人が出てきてもらいたいわ。それではこれで終わりにしたいので、
H.Sさんの~よろしくね。以上よ。

ここで話し合いは終わり、H.Sさんの提案したジャンケンの方法をみなで体験した
あと解散になりました。
・・・・・

柴田先生は白雪姫プロジェクトで先の文章に続けて「決して例外的な出来事ではあり
ません。私の経験に照らす限り、そうした方々のほとんどすべてに当てはまる事実で
す。彼らに真摯に付き合ってきた人ほど、その事実は受け入れがたいことでしょう。
しかし、この真実をなかったことにするわけにはいかないのです。おそらく、私たち
は、私たちの障害に関する常識を、根本から問い直されていると言っても過言ではな
いでしょう。そして、この事実を広く世の中が受け入れるようになったら、障害児、
者に対する医療も福祉も教育も、その姿を一変せざるをえないでしょう」と書いてお
られます。私自身も、こうして、みなさんが会議のように語り合っておられる様子は
本当に驚きでした。今まで私も、すべての方はみんな思いを持っておられると書いて
きたし、それは本当のことだと思っています。

けれど、自分のたったいくつかの経験ではいつも、私とその方、二人だけで思いを伝
えあうことができたり、あるいは、その方の思いの片端だけを知っただけだったよう
に思います。けれど、こうして、深い思いで語り合っておられる様子に、本当に驚き
ました。私の本当に少ない経験ですが、思いを自分で伝えられるようになったとき、
その方法は使えなくなってしまうということがありました。いったいこのことがどう
いうことなのかが私もわかりません。ああ、柴田先生といろいろなお話がしたいな
あ。伺ってみたいなあ。みなさんにも伺ってみたいなあとそういう思いがふくらみま
す。

また、大ちゃんが、私といて、詩を作ろうとして思いを伝えてくれるときと、普段お
しゃべりしているときは、違うということも教えてくれています。でも、けっして大
ちゃんの思いじゃないわけではないのです。本当に大ちゃんの思い。そういうことも
知りたいです。けれど、そのようなことよりも、まず大切なことは、本当にすべての
方が思いを持っておられるんだということが本当に本当に大切なことなんだと思いま
す。自分のこれまでの考えや常識を変えて行かなくてはと思います。

かつこ

道具しだいで、本当に大きな世界がひろ がっていく。お一人お一人の不便に対する工夫が、そのあとに続かれる方の道を作っ てもいく

4 月 27th, 2012

2012年4月28日のメルマから

横浜の講演会も本当に本当に温かで素敵な会でした。主催をしてくださったよっこさ
んからです。
・・・・・
かっこちゃん、4/22(日)は横浜の会場にお越しいただき、素敵なお話を聴かせてい
ただき、どうもありがとうございました。お陰さまで、350人ものお客様にご来場い
ただき、たくさんの方に映画「1/4の奇跡~本当のことだから~」を観ていただき、
大好きなかっこちゃんの講演を聴いていただくことができ、嬉しい、嬉しい一日にな
りました。

今回のイベントを通して、かっこちゃんのことが大好きな方々と繋がることができた
のも嬉しいことでした。そのおひとり、しょうこさんの息子さんの大翔(ひろと)く
んの作品展をさせていただけたことも感謝しています。しょうこさんにもお伝えしま
したが、大翔くんの素敵な絵のお陰で、殺風景だったロビーが明るくあたたかい雰囲
気になりました。たくさんの方が足をとめて、絵を楽しまれていましたよ。色使いが
素敵だというお声が多くありました。また、「すごく素直ないい子なんだろうね。だ
からこんな素敵な絵が描けるんだろうね。」と絵を観ながら語り合っておられたご年
配の方もいらっしゃいました。「どうやって描くんだろう。」と、ご自分でも描いて
みたいなと思ったお子さんもいらっしゃいました。購入希望のお声が多数あったの
で、急きょ、講演会終了後に展示されている絵の販売を行いました。皆さん、「お家
に帰ってからどこに飾ろうかなぁ」と絵を飾るのを楽しみにされていました。色鮮や
かで、自由で、楽しくて、あったかい。そんな素敵な作品です。
かっこちゃんがおっしゃっていたように、たくさんの方に観ていただきたいなと思い
ますので、私からもお願いします。

また、メルマガ登録者が増えたとのこと、登録のお手伝いができてよかったです。メ
ルマガ登録ブースを設けて、メルマガ紹介のチラシを拡大してポスターとして貼り、
その場でQRコードを携帯で読み取っていただくためにチラシも10枚ほどテーブルに
置かせていただきました。お客様がチラシを持ち帰ることを想定していなかったので
すが、あっという間になくなりました。登録ブースを設けてくださる方は、もっと多
めにチラシを用意した方がいいようです。

そして、このイベントを通して強く感じたことが2つあります。1つは「繋がり」。
今回、大翔くんの絵を通してご縁をいただいたしょうこさんから「当日、会場にい
らっしゃる方々は、どんぐりの会の皆さんが1つ1つ大切に作ってこられた繋がりの
ように思います。」というメールをいただきました。今までに築いてきた大切な繋が
りもあれば、しばらく途絶えていたご縁がこのイベントによって再び繋がったりもし
ました。また、嬉しいことに、素敵な方々との新しい繋がりもたくさん生まれまし
た。

もう1つは「甘える」ということ。4月初めに、当日お手伝いしてくださるスタッフ
の顔合わせをしたのですが、それが終わった後に、特別支援学校にお子さんが通って
いる友人が「皆さんあたたかくて素敵な人たちばかりで、もっともっと世の中に甘え
てもいいような、そんなほろ酔い気分になりました」とおっしゃったので、「そうそ
う、一人でがんばらず、もっともっと甘えてくださいね。甘えてもらえるのが嬉し
かったりするのよ。」と伝えました。ただ、よく考えてみると、私自身も3人兄弟の
1番上ということもあり、いつも頼りにされていて、その期待にこたえたいと思って
やってきたので、甘え下手なのです。心のどこかに「なるべく人に甘えず自分の力で
がんばらないといけない」という思いがあり、無意識のうちに人に甘えることを禁止
していたのかもしれません。

でも、今回のように大きな会場でのイベントは、到底私一人の力ではできなかったで
すし、どんぐりの会の4人の力でも難しかったと思います。「助けてください」とた
くさんの方に甘えて、お力を貸していただきました。そうしたら、人の温かさをしみ
じみと感じることができ、「甘えるっていいなぁ」と思えるようになりました。も
し、一人でがんばっておられる方や一人で抱え込んでおられる方がいたら、勇気を出
して周りの方に甘えて、助けてもらってほしいなと感じています。そうしたら、私が
経験したようなあたたかい繋がりがきっとそこから生まれるのだと思います。ゆっこ
・・・・・

ゆっこさんの書いておられることを実は、私もしみじみと感じている毎日なのです。
白雪姫プロジェクトでお声をかけさせていただいたときに、「きいちゃん」で知って
いました。「大ちゃん」の本を読んだことがあります。「雪絵ちゃん」で知っていま
したとおっしゃってくださったことがありました。たくさんの子どもたちやそれを伝
えてくださったみなさんが、今日を作ってくださっているのだといつも思うし、多く
の方の力でいつも毎日がある。私は甘えてばかりだなあと思うのです。けれど、ゆっ
こさんがおっしゃってくださっているように、お互い様で、そこから温かいつながり
がうまれていくということ、本当にそうだなあと思います。

大翔くんのお母さん、しょうこちゃんから。
・・・・・
スイッチ一つで、パソコンもレッツチャットも使えるようになった宮プー。大翔は、
パソコンという道具があっただけじゃなくて、大きい肩関節で動かすマウスだから、
絵を描くことが出来ました。パソコンに出会えた時に、手首はまだ固く、指先は力が
入りにくかったのです。ペンを握ることがまだうまく出来ませんでした。マウスの上
に手を乗せると、安心して気持ちを解放することが出来る自然の形だったのかもしれ
ません。まさしく魔法の道具との運命の出会いだったと思います。今朝のメルマガに
紹介くださっていた吉村さんのおっしゃっていることが本当によく分かりました。光
野さんの言葉も、本当にそうだなぁと思って読ませていただきました。
・・・・・

しょうこちゃんが書いておられるように、道具しだいで、本当に大きな世界がひろ
がっていく。お一人お一人の不便に対する工夫が、そのあとに続かれる方の道を作っ
てもいくんだなあと思います。

最低の人権は言葉を否定されないこと 最大の人権は表現の自由 柴田保之先生(白雪姫プロジェクト)

4 月 17th, 2012

2012年4月17日のメルマから

白雪姫プロジェクトの「プロフェッショナルな人々」に御参加いただいている柴田先
生のブログから引用させていただきました。

http://blog.zaq.ne.jp/yshibata1958/article/438/


・・・・・
「最低の人権は言葉を否定されないこと」最大の人権は表現の自由 石川県の特別支
援学校の山元加津子先生の元同僚である宮田俊也先生の、脳幹出血からの回復の記録
を映画にとり続けておられる岩崎靖子さんにご訪問していただきました。田園都市線
沿線にお住まいの仁科さんもご一緒でした。インターネットに岩崎さんが撮られてい
る宮ぷーの回復の記録は以前授業でも取り上げ、学生たちに大きな感動を呼んだこと
がありましたので、岩崎さんの名前やお仕事は存じ上げていたのですが、お会いする
のは初めてです。

山元先生からお電話をいただいて急遽決まった話だったので、すぐに動いていただけ
そうな大野剛資さんに手伝ってもらうことにしました。大野さんは詩集『きじの奏
で』の著者です。
簡単なあいさつなどは、私が体に触りながら「あかさたな」と聞いていくやり方で行
いましたが、中心の部分は、パソコンで表現していただきました。
最初に、かつて、本人の実際の動きを私が援助していた時代の方法を実演してもら
いました。まだ文字数も少なかった時代です。別に打ち合わせをしていたわけではあ
りませんが、彼は俳句という、短い字数の形式を選んでくれました。
「やさしき手差し出した人がためわれ祈る ぐんぐんいい季節が近づきましたね。う
きうきした希望に満ちた祈りをがんばって俳句にしました。」

そして、こちらが積極的にスイッチを動かしていく援助の方法に移って、まず、私が
方法を説明しながらスイッチの援助をしていることと同時進行で、自由に語ってもら
いました。
「がんばって僕もいっぱい詩を作ってきましたがぼくがまさか詩集まで出版できると
は思いませんでした。なぜ詩を書いているかというとぼくたちは分相応の生き方を超
えていくために夢を持つ必要があるからです。詩の中に私たちは夢を探し詩の中で過
去の痛みを癒やすのです。いつまでも詩は外に出ることはないと思っていましたが突
然柴田先生がなつかしいですが僕にパソコンを出してくれて言葉を聞き取ってくれま
した。僕はぞくぞくするくらい感激しました。わずかな希望が何倍にもふくれあがっ
て私たちは希望に満ちた人生を生きることができるようになりました。(…)

僕は単語が話せたのだけど全く気持ちを表現できなかったので僕は何度も諦めかけて
きました。わざわざ僕たちと関わろうとする人もいないしわざわざ笑いながら近づい
てくれる人も少なかったからもう僕の人生は何も理解されることもなく終わるのだと
思っていました。まさかこんな方法が見つかるとは思いませんでした。わざわざとい
う言葉が繰り返されているのはまさに僕たちとつきあっても何の得にもならないから
です。(…)」

ここから、岩崎さんとのやりとりになりました。
「理解されるようになってよかったことは何ですか?」
「なつかしいなつかしい話になりますが理解されてから何より母さんががんばった成
果を確かめられたことが大きいです。僕を普通の小学校に通わせた意味など世の中の
人にはただの親の見栄ぐらいにしか見なされてきませんでしたが僕にとって本当に意
味があったことが証明されました。人生が広がったことが次に大きなことでした。人
生に強く向かい会うことができるようになりました。人生がまったく違うものになり
ました。涙を流した日も過去の懐かしい思い出になりました。

(詩はいつから作っているのですか?)
僕が詩を作るようになったのはもうずいぶん前のことです。僕が人間であることを認
めてもらえないかと思っていたときどうにかして自分の思いを伝えたいけれど伝えら
れないのでわが道を行くしかないと思い詩を作り始めました。楽な私という詩を確か
小学校の中学年の時に作りました。私たちの仲間もみんな詩を作っているのですがみ
んな同じような気持ちからだと思います。わずかな未来をみんな信じて理想を失わな
いようにと詩を作り続けてきました。」

「言葉を表現するということにどんな意味を感じていますか?」
「理解し合えるということがみんなの究極の目標なので理解し合えたらごんごんと喜
びが湧いてきます。理解し合えた喜びを頼りに僕らは生きているのでわがままかもし
れないけれど僕は人と話が存分にしたいです。なつかしいのは小学生の頃はみんな純
粋な気持ちでたくさん僕に話しかけてくれました。それがだんだん中学生になるとみ
んな話しかけてくれなくなりとても寂しかったです。なぜみんな話さなくなったかと
いうと僕は何もわかっていないと思われるようになったからです。忘れられないのは
柴田先生が初めてうちに来てくれた日のことです。たぶん先生も僕が何でもわかって
いるとは思っていなかったと思うのですが先生は笑いながらたくさん話しかけてきま
したしいろいろなスイッチを出してくれたのでとても楽しかったです。

小さいことですがいきなり最初にひらがなを出した時は驚きました。最初はうまくい
かなかったのですが僕にひらがななど出した人は初めてでした。それからしばらくは
小さなことですが簡単なソフトで試行錯誤をしてくれだんだんひらがなに到達しまし
た。そしてなつかしいですが初めて僕が「ありがとうぱそこん」と書いてから突然先
生がパソコンで気持ちを聞き取ることに真剣に取り組んでくれていつしか長い文が読
めるようになったのです。最初の質問からそれてしまいましたがもっともいいたいこ
とは柴田先生も奈苗先生も理解し合えることをとても大事にしてくれたということで
す。そういうことがこういう成果を生んだのだと思います。」

「社会に訴えたいことはありますか。」
「わかってもらいたいことはみんな言葉を持っているということです。先生も名前に
使っていますが人間として最低の人権は言葉を否定されないということです。最大の
人権は表現の自由です。人間として生まれて生きてきて僕たちはようなしの存在と言
われてきましたが確かに何も作ることもできないし問題もたくさん起こしてしまうけ
れど僕たちも人間として生きたいのです。まだまだ僕たちは理解されていませんが僕
たちを受け入れられる社会こそが本当に人を大切にできる社会なので何とかして僕た
ちを認めない社会にはなってほしくありません。ばかにされた日々もあったけれど僕
たちをばかにしない社会こそが理想の社会だと思います。理想なのかもしれませんが
何とかしてそういう社会を実現したいです。地域で生きるという言葉がありますがそ
ういう言葉にはそういう思いが込められているのです。なつかしいです。奈苗先生が
初めて僕の気持ちを読みとってくれた日のことが。あれがすべての始まりでした。そ
してここまで来れたのがまるで夢のようです。なつかしくまた今日の日が思い出され
るよう前に進んでいきたいです。」

ところで、山元先生は、白雪姫プロジェクトというのをお始めになりました。宮田
さんの回復のプロセスの経験から、眠ってしまった白雪姫が王子の口づけに目覚める
ように、今意識障害と言われている人が、再び表現手段を取りもどしたり、病気その
ものからの回復をすることの可能性をもっと広く世の中に伝えていこうとする希望に
満ちたプロジェクトです。私も応援団として参加させていただきました。こうしてた
くさんの人々のつながりの中で、どんどんと広がりが生まれてくることがとてもあり
がたく思われます。
・・・・・
柴田先生はご自身がされている方法を、多くの方に知ってもらいたいと考えられて、
一般の方も参加することができる「きんこんの会」という会も主催をされているそう
です。

白雪姫プロジェクト http://www.shirayukihime-project.net/index.html

ずっと一緒にいるから相手のことをわかりたい。ただそれだけです。柴田保之先生

4 月 14th, 2012

4/22の横浜での講演会を準備して下さっているゆっこさんからのメール紹介

2012年4月14日のメルマから


今日は嬉しい嬉しいニュースがあってメールさせていただきました!!!なんと、
かっこちゃんが以前にメルマガで紹介してくださっていた、また白雪姫プロジェクト
の応援もしてくださっている柴田保之先生にお会いしてきました。実は私、仲間と一
緒に、4月22日(日)に映画「1/4の奇跡~本当のことだから~」上映会とかっこ
ちゃんの講演会を企画しています。ここのところ準備でバタバタしていて、全部のメ
ルマガに目を通せているわけではなかったのですが、たまたま3/24のメルマガに柴田
先生のご著書「みんな言葉を持っていた─障害の重い人たちの心の世界」を読まれた
マキさんの感想が掲載されているのが目にとまり、心を揺さぶられました。そして、
その日のうちに本屋さんに買いに行き、引き込まれるようにして一気に本を読みまし
た。

重度の心身障害をもつ方々が表現されているたくさんの「想い」が心に深く響きまし
た。と同時に、自分の想いを全く表現できないというのは、どれほどの苦しみや悲し
みなのだろうと胸が痛くなりました。私自身も、そういう方々は知的レベルが低く、
あまり言葉を理解できていないのではないかと勝手に思い込んでいましたが、少ない
チャンスを使って言葉を獲得していき、ただ自分の心を落ち着かせるために詩を紡い
でいることを知り、大きなショックを受けました。そして、まだまだ自分の想いを表
現できないでいる方々のことを思ったときに、まずは私のように「知る」ということ
から全てがスタートするのではないかと感じました。

柴田先生が「白雪姫プロジェクト」を応援してくださっていることもあり、突然の
メールで失礼かと思ったのですが、先週、思い切ってメールを出しました。柴田先生
に本の感想をお伝えするとともに、かっこちゃんの想いを一人でも多くの方に知って
いただくために、たくさんの方に会場にお越しいただきたいと思っていること、柴田
先生が教えておられる学生の方々に4/22の紹介をさせていただきたいということをお
願いしました。そして、一度、柴田先生のもとにお伺いし、お話させていただけたら
と思っていることを書いたら、すぐにお返事をくださいました。柴田先生は、「こん
なに近くでかっこちゃんの講演があるのはとても嬉しい」と喜んでくださり、学生へ
の上映会と講演会のお知らせをしていただく件はぜひお願いしたいと書いてください
ました。

そして、年度始めのお忙しい中、私たちのためにお時間を作ってくださり、今日、
4/22の企画を一緒にしている「どんぐりの会」のメンバーと4/22の応援をしてくだ
さっている友人と國學院大學のたまプラーザキャンパスにお邪魔してきました。(友
人のお子さんは脳性まひで特別支援学校に通われています。私が柴田先生の本を読
み、その友人に柴田先生のことをすぐにお伝えしたところ、お子さんを個人レッスン
してもらっている音楽療法士の方が柴田先生と面識があり、以前にその方から柴田先
生のお話を聴いていて、ぜひお会いしたいと思っていたとのことで、あまりの偶然に
二人でビックリしました)柴田先生とお話ができると思うとワクワクして、お返事を
いただいてからずっと今日を楽しみにしていました。

柴田先生は、思ったとおりのとても温かい素敵な先生で、たくさんのことをおしゃべ
りしていたら、あっという間に1時間以上経っていました。宮ぷーの思いを読み取っ
たときのことも伺いました。まだ、どこも動かない状態だったときで、ちゃんと読み
取ることができるだろうか・・・と不安に思いながら宮ぷーのところを訪ねたとおっ
しゃっていました。自分の掌の上に宮ぷーの手を乗せて、宮ぷーのかすかな意志を感
じて文字を読み取っていったそうです。「宮ぷー、ものすごい回復を遂げていてすご
いことですね」と嬉しそうにお話されていましたよ。4/22当日は予定が入っておられ
るそうで、残念ながら伺えないとのことですが、柴田先生が教えておられる学生40
0人の方にチラシを配布してくださることになりました。しかも、有り難いことに、
「黒になってしまいますが、こちらで学生の数だけ印刷することは可能ですよ」と
おっしゃてくださり、私の手元にチラシがあまり残っていなかったので、お言葉に甘
えて柴田先生に印刷していただくことにしました。

そして、「よかったら来週の授業でチラシを配布するから、宣伝をしに来ません
か?」と提案してくださり、急きょ授業にお邪魔させていただくことに。また、嬉し
いことにそのまま授業にも参加してきます。柴田先生は、4/22の宣伝のために、宮
ぷーのことをはじめ、意識障害について講義をしてくださるそうです。久しぶりの大
学の授業に、今からワクワクしています。また、脳性まひのお子さんを持つ友人は、
再来週にお子さんを連れて柴田先生にお会いすることになりました!お子さんの表現
が広がるかと思うと、私もとても嬉しいです。かっこちゃんと宮ぷー、そして感想を
書いてくださったマキさん、メルマガを配信してくださっているひとつさん、皆さん
のお陰で素敵な出逢いが生まれました。どうもありがとうございます!4/22、かっこ
ちゃんにお会いできるのも、とっても楽しみにしています。横浜の会場でお待ちして
ますね。

・・・・・
かっこちゃん、たびたびごめんなさい。横浜のゆっこです。柴田先生とのお話を少し
補足させてください。柴田先生が、かすかな意志を読みとっているというお話をされ
たときに私が「愛を感じます」とお伝えしたら、柴田先生は、「ずっと一緒にいるか
ら、相手のことを分かりたいと思う。ただそれだけですよ。」というようなことを
おっしゃっていました。その言葉を聞いて、私にも思い当たることがありました。私
は、小学校で支援員として個別支援級のサポートをしています。発語があまりなく、
なかなかコミュニケーションをとれないお子さんがいたのですが、一緒に過ごしてい
く中で、その子のことが少しずつ分かるようになり、どんどん好きになっていきまし
た。好きだから相手のこと、相手の思いをもっと理解したい、もっとコミュニケー
ションをとりたいと思うようになりました。

優さんの「あかさたな表」もかっこちゃんの「あかさたなスキャン」も同じですね。
それから、柴田先生は「お母さんたちは、とても上手にお子さんの気持ちを読み取っ
ておられますよね」ともおっしゃっていました。どんぐりの会のメンバーに自閉症の
お子さんのお母様がいるのですが、「自閉症の子どもは嬉しい時も笑うけれど、苦し
い時にも笑うの。自分の子がどちらの気持ちで笑っているのか、すぐに分かる」と話
して下さいました。

また、脳性まひのお子さんのお母様は、「子どもの細かい表情や感情を、夫よりも
やっぱりずっと一緒にいる母親の私の方が読み取れる」と教えてくださいました。
また、柴田先生が「自閉症の方も、言葉としてのコミュニケーションが難しかったり
しますが、それは、口からつい出てきてしまうのが、いつも使い慣れている、聞きな
れている言葉だったりするからです。それを止めると(といっても無理矢理止めさせ
るわけではないそうです)心の中の本当の気持ちが出てきます。」とおっしゃってい
たのが印象に残りました。私も、相手の心の中の本当の気持ちが理解できるようにな
りたいなと改めて思いました。
・・・・・

ああ、なんてうれしいことでしょう。柴田先生ありがとうございます。こうして、先
生が子どもさんと積み重ねてこられたことや、誰もが思いを持っているということ
が、多くの方のお心に広がっていかれることが、本当になんと大切なことだろうと思
います。昨日のメルマガで「言葉」は、生まれたときからもうすでに備わっていると
思うと書きました。そして、大ちゃんは、内側の言葉と外側の言葉を区別していると
言っていたことも書きましたが、ゆっこさんが書いてくださったこと、柴田先生が
おっしゃっておられることと共通点があるように思いました。そして、ゆっこさんが
「まず知ることだ」と考えて行動されたことが、本当に素敵だなあと思いました。

前々からずっとメルマガを読んでくださっているまりさんという方がおられます。お
嬢さんとなんとか思いを伝え合いたいと、レッツチャットなども試してみられたので
すが、なかなかうまくいかなくて、今度柴田先生とお会いになることができるように
なったそうで、とても喜んでおられます。そのまりちゃんのお嬢さんが今度手術を受
けられることになりました。

・・・・・
手術の日が決まりました!来週17日の(火)の11時過ぎ頃から気管切開と口頭分離手術
をします。二時間ほどで終わるそうです。手術の成功を祈って頂けませんか?
宜しくお願いします。手術後二週間は要観察になります。いろいろ手を尽くしてきま
したが手術することが今はベストタイミングだと感じています。女の子だから顔がき
れいになります。全てに良いことしか起こらないと信じて希望の光を充満させている
ところです。
何より娘が安心するように話かけています。養護学校の先生の授業はそのままいたし
ます。
心強いです。また私の笑顔の先生が仕事の合間をぬって今日娘に会いにきて下さり皆
で祈って頂けるのです。有りがたいです。みんなの愛に感謝します。
・・・・・
祈りには力があると私、信じています。私も心から祈ります。ぜひ、みなさんもお祈
りいただけるとうれしいです。お願いします。

体を起こすリハビリで注意すること

4 月 13th, 2012

2012年4月13日

私のお友達の脳外科医のひろちゃんが、少し注意する必要があるよとメールをくださ
いました。ひろちゃんが言われることはとても大切なことなのだと思うのです。
・・・・・
かっこちゃん 身体を起こすというのは確かにそれによってすばらしくよくなる慢性
期の方がおられることは間違いないと思います。また、急性期(2週間以内)より、
可能な範囲で少しでも身体を起こすということが急性期リハビリの中で次第に広がり
つつあります。一方で、身体を起こすことによる危険性も当然あります。本プロジェ
クトに関して、最近、一番問題に感じるのは、急性期と慢性期があまり区別されてい
ないことです。

高血圧性と呼ばれる原因不明の(多くは微小動脈瘤の破裂による)脳出血の急性期、
特に発症後48時間以内や、さらには、2週間以内は、無視できない程度の再出血の
危険性があり、その時に起こすかどうかは(おそらく入院中と思われますので)医師
の判断に任せた方がよいと思います。その方の年齢や入院後の血圧コントロール、出
血場所、その大きさ、出血を生じた血管が破綻(閉塞)したかそうでない(再開通)
か(これは検査してもわかりませんが)、水頭症合併、等の条件によっても身体を起
こすリハビリを始める時期(の判断)は大きく異なってきます。再出血は身体を起こ
しても寝ていても、生じる時は生じますが(ですので、たとえ再出血したとしても、
体位との関連性を証明することは難しいですが)、急性期の入院中に、たまたま家族
の(医師以外の)判断で身体を起こしたころに初めて再出血されると後悔が残る場合
もあると思います。

「寝たきりは寝かせたままにしているから寝たきりとなる」あるいは、「身体を起こ
すのが意識回復によい」と言う合い言葉が、その他の個別(個々)の条件なしで(発
症後3カ月以上を経過した、いわゆる植物状態以外の方、しかも重度の合併症なく比
較的安定期にある方以外へも幅広く)広報され、場合によっては急性期と慢性期の区
別のないままに独り歩きして、そのアドバイスを適用するべきでない、例えば、急性
期、特に脳内出血で、かつ、発症後2週間以内の比較的危険性の高い方にも及んでし
まうのはよくないと思います。
年齢や血圧、その他の合併症への配慮が全くないまま行われる他者(家族以外)への
アドバイス(ベッドアップ促進によるリハビリ介入)は、私としては発症からの時期
によっては非常に危険なこともあり、「個々の症例では、よいのか悪いのか不明で、
おそらく結果論とならざるを得ない」と感じたので、そのことをお伝えしたくなりま
した。

医師の意見も、その専門性の違いによっていろいろあるように思いますので、あくま
でもわたしの考えです。実際のところ、超急性期の絶対安静からベッドアップ開始へ
の判断は、個々の症例において、特に出血例(高血圧性、アミロイド性、もやもや病
性、悪性腫瘍性、転移腫瘍性、脳血栓後性、脳塞栓後性、血管奇形性、同定不能と
なっている動脈瘤よりのクモ膜下出血、動脈乖離、等々)では、決して容易ではあり
ません。どのような時にも話しかけやスキンシップは重要だと思いますが、発症後2
週間以内の、(または、入院中の)体位(身体を起こすこと)に関しては、担当医と
の十分なコミュニケーションが欠かせません。

身体を起こすというリハビリは、そのようなしっかりとしたコミュニケーションを
取った上で、あとは、自己責任という自覚と覚悟を持って取り組むことと思います。
かっこちゃんがよい手段を知っていたから何もかもがスムーズに来たのでは決してな
くて、発症時だけではなく、リハビリの過程においても、病院スタッフの支援ととも
に何度も何度もそのような命の危険をくぐり抜けてきています。宮ぷーの場合は途中
から意識が回復したのでその後はレッツチャットの力を借りながら本人の希望に沿っ
たリハビリができていますが、少なくとも意識がないかそれに近い状態にある方の身
体を今まで以上に起こす限りは、しっかりとした情報収集と現状把握と共に「当事
者」にそれなりの「覚悟」が必要です。

かっこちゃんは、観察力、経験、優しさや共感力だけではなく、いろいろな局面での
覚悟も相当なものです。しかしながら、そこまでの覚悟を(リスクを最小限として他
人にお仕えする立場の)医療従事者にも求めることは難しいと思います。医療従事者
に覚悟がないのではなくて、結果責任を取れる立場にいる(最終的な結果で判断され
るため、その後の納得と感謝が得られる)とは限らないからです。もちろん、病院施
設にあっても、自己責任(おそらく家族か親戚)の確認さえ取れれば、(長期間にわ
たり植物状態におられる方の)意識の回復や動作拡大を目指すための積極的な、ある
程度のリスクを伴うリハビリ活動も、選択肢としてはあるべきと思います。しかし、
現状では介護病棟の人手がリハビリには不足していますし、また、介入したがよい結
果が得られなかったような場合、介入者側の心の傷も知っておく必要があります。

今、かっこちゃんは様々な結果責任をすべて自分で背負うこととなったとしても、一
人でも多くの方へ「よくなる方法」を伝えたい、という一心だと思います。しかしな
がら、かっこちゃんにもすべての結果責任が取れるわけではありませんので、そのよ
うな愛(誰をも責めることができない)と勇気と自己責任(自らが責任の取れる範囲
での支援活動)が一つの共通認識となることを祈っています。
・・・・・

ひろちゃんはとても大切なことを教えてくださっていると思います。もちろん、ひろ
ちゃんが書いておられるように、また別のお医者さんや先生は、違うことを言われま
す。発症した直後から、脳はものすごい回復能力を示す。この時期に適当なリハビリ
を行うことが、ものすごく大切で、体を起こし、座ることが必要と言われる方もおら
れます。大切なことは、ひろちゃんも言っておられるように、担当のお医者さんと、
いろいろな危険がないのかということを、十分に話し合うことだと思います。宮ぷー
の場合もすぐにリハビリが始まりました。私がリハビリをしたというよりは、リハビ
リの先生が始めてくださって、すぐにベッドの横に座りました。けれど、それはお医
者様の判断で行われたということはとても大切なことなのだと思います。

脳波がフラットで脳死状態でも思いはありますか?

4 月 13th, 2012

2012年4月13日のメルマから

白雪姫プロジェクトを広めていただいていることで、いくつもの質問をいただくよ
うになりました。「脳波がフラットで、脳死状態と言われた人も思いがあるのです
か?」「最初から目が見えなくて、耳が聞こえない人はどうやって言葉を覚えること
ができたのですか?(昔、目が見えなくて耳が聞こえない女の子と、指でお話しがで
きるようになったことがあると書いたことがあるから、質問をいただいたのかな)」
「病院で寝たきりで、学校に行っていない子どもたちが思いを伝えられたりしている
のはどうして?」もっといろいろな質問をいただいています。

私は、ずっと子どもたちが教えてくれたことで、言葉について考えていることがあ
ります。一般的には、言葉や数字というものは、生まれたあと、習得していくものだ
と考えられているかもしれないけれど、私はそうでない気がしています。私たちは、
「大好きがうれしい」「きらいは悲しい」ということをたぶん、まだたった一個の受
精卵のときから、知っていたように、私たちは、受精卵の遺伝子の中に、すでにすべ
ての言葉が書き込まれているんだと思っています。それは、祈る方法や、生きていく
方法や、立ったり、おっぱいを飲んだりする方法を生まれながらに知っているよう
に、言葉も知っているのだと思います。そして、受精卵に書きこまれているというこ
とは、人間の体のすべての細胞に書き込まれているということになります。

その言葉はたとえば、「ありがとう」や「大好き」や「犬」の言葉の日本語だった
り、英語だったりするわけではないのだと思います。上手に言えませんが、その本質
と、そして、その言葉で感じる感じを知っていると思います。そのときに使われる脳
は、原始脳と呼ばれる部分、脳幹などだと思います。そして、その本質というかその
ものが、日本語の「ありがとう」や「犬」に当たるのだということを記憶していくの
は、おそらく大脳新皮質の部分なんだと思います。なぜ、そんなことを考えるように
なったかというと、それを教えてくれたのも、やはり、学校の子どもたちでした。

前に学校で出会ったお子さんは、何語でもわかるという力を持っていました。すべて
の国の言葉でおしゃべりできるわけではなかったけれど、何語でも、聞けばその意味
がわかるのです。どうして?と尋ねると、お子さんは、「色と形が同じだから」と教
えてくれました。どういうことかというと、「ありがとう」も「スパシーボ」も「グ
ラッチェ」も「シェイシェイ」も全部、聞くと、同じ色と形をしているということな
のです。だから、わかると言いました。それから、あっちゃんは、韓国語がとても上
手でした。韓国語が話せるようになったときに、あっちゃんは、一度だって辞書を引
いたり、韓国語入門というような本を読んだりしたわけではありませんでした。ただ
ひたすら、ラジオの短波放送で、韓国から流れてくる韓国語で流れる韓国語のみの放
送(一般の放送)を聞き続けるという方法をとりました。

なぜ、それだけで、韓国語の言葉が日本語の何にあたるのかもわからないのに、言葉
を覚えることができたのでしょう。私は、あっちゃんはすでに自分の中に持っていた
すべての言葉の本質と韓国語がつながっていったのではないかと考えました。そし
て、数字もまた、私たちは生まれる前から、ちゃんと与えられて知っていたのだと思
うのです。私の友人もまた、カナダの教会の中で、たくさんの祈りにつつまれたとき
に、まるで頭の中に流れるように、英語の言葉が意味をなして入ってきて、そして、
それから、英語が「わかる」ようになったと教えてくれました。

また、英国のダニエル・タメットさんが書かれた「僕には数字が風景に見える」(講
談社)という本があります。本の説明書きには「数字と外国語の天才が「頭の中」を
語った。2万桁以上の円周率暗唱記録を持ち、6ヵ国語を話す高機能自閉症の英国の
青年が、半生をたどりながら、自分の内面世界を表現豊かに描き出す感動の記録。」
と書かれてあります。ダニエルさんは、「ブレインマン」という名前のテレビ番組で
紹介されていたこともあります。ダニエルさんは、数字や言葉を、聞くと、そこに風
景のようなものを感じるのだと言います。おそらく、それが、ダニエルさんが、その
本質から受ける感じなのだと思います。数字や言葉は実は私たちは無意識の領域です
でに知っているのだと思います。

そして、もうひとつ言えることは、私たちは物の名前をただ、勝手にはつけていない
のだということです。きっと原始脳でつながりながら、名前をつけるからこそ、あっ
ちゃんは、韓国語を覚えたし、何語でも同じ意味の言葉は色と形が同じなんだと思い
ます。

それで、生きるためには脳幹の部分、原始脳の部分は働く必要があります。生きてい
ると言うことはその部分が働いているのだと言えるのではないかと思います。そし
て、そこで私たちは、湧き上がるように思ったりもするのだと思います。その言葉
は、宇宙のはじまりが一点だったその一点に、すでに書き込まれたものだと私は、突
拍子もないことをいうようですが、ぼんやりと、でもきっとそうだなあと考えていま
す。最初の一点に書き込まれた宇宙の全ての情報は、宇宙に広がるすべてのドットの
中にあります。そして、それが植物になったときは、植物の思いを紡ぎ出す方法にな
り、人や動物になったときは、宇宙とつながりながら、その思いを紡ぎ出す方法とし
て使われるのだと思います。

だから、たとえ、脳波がそのときにフラットであったとしても、私はすべての細胞の
中にある遺伝子は、見えるし聞こえるしわかるのだと思っています。そして、その遺
伝子は、脳幹の部分に働き、そこから、大脳新皮質に信号として送られていくのだと
思います。私は本当に専門家でもなんでもないから、自分で思っていることを書く
と、脳幹が活発になるためには、体を立てたり、多くの刺激を送る必要があると思い
ます。そして、脳幹が活発になって、自分の中にある思いが、電気信号となって、脳
全体へ広がっていったときに、大脳新皮質がたとえ、機能を失っていたとしても、お
そらく、そこに替わる部分が、その機能を代わりに担ってくれるようになって、脳波
が出てくる場合があるのだと思います。

私も、脳波がフラットだったお子さんと何人かお会いしましたが、そのお子さんも長
い時間がかかったかもしれないけれど、その後に、お母さんの顔をじっと見つめた
り、笑ったり、手足が動き出したお子さんを知っています。白雪姫プロジェクトの中
のほのちゃんもまた、一時、脳波がフラットだと言われたときもあるそうですが、
レッツチャットを使われるまでになっています。おうちの方の愛が、脳幹を刺激し、
生きる力を生み出して行ったのだと私は思うのです。今まで、言葉について、学ぶ機
会がなかったのではないかと思われる、目が見えない、耳が聞こえないお子さんも、
すでに持っている「ことば」と指文字や、手の形、しぐさで伝えていくうちに、その
お子さんは言葉をもつようになりました。また、病室で寝ておられるお子さんも、同
じように、たくさんの言葉をすでに持っていて、外界とつないでくれる方法が見つ
かったときに、自分の思いを伝えてくれるようになるのではないかと私は思っていま
す。

ところが、私はまた不思議なことも経験しています。無意識から来る本質での思い
と、もうひとつ大脳新皮質で考える思いが食い違う場合があるということがありま
す。大ちゃんがそうでした。大ちゃんは、詩を作る瞬間を、「自分の中の自分と話を
している」時だと言いました。その言葉は本当に美しく、優しく、あるいは、宇宙の
本質を得ているように思います。ふだんもそんなことばかりお話しているの?と聞か
れるときがありますが、そんなことはありません。私たちと同じように、けんかをし
てみたり、悪口を言ってしまったりすることだって、あまりないけど、たまにはあり
ます。大ちゃんはそれは「外側の気持ち」と言っていました。あるいは、「言いたく
ないし、考えてもないけど言っちゃう感じ」なのだそうです。だからこそ、大ちゃん
のことが、いっそう好きになれるなあと思うのです。

犬と話ができる人もおられるし、お友達のなおこちゃんは、「ぬいぐるみにも気持ち
があるよ」と教えてくれました。宇宙のすべてに思いがあっても、私は不思議ではな
いと思っています。けれども、人の中に入ったとき、それはその人の状況や、その人
なりの感じ方によって、その人のものとなって、あふれてきます。だから、それは、
その人の思いに間違いがないのだと思っています。長く長く私の考えていることを書
いちゃいました。こんな突拍子もないことを、ああそういうこともあるかもねとわ
かっていただけるでしょうか?

あみちゃんのブログのご紹介 (白雪姫プロジェクト)

4 月 12th, 2012

2012年4月12日のメルマから

応援登録ページからお知り合いになれたあみママさんの「あみうと一緒に
歩いていこう」のページのご紹介もさせてください。Amiちゃんの紹介のところには
「ami:愛海羽(あみう)4歳2ヶ月で急性脳症を発症し人工呼吸器をつけて眠り姫に
なったプリキュア大好きな女の子」と書かれてあります。
・・・・・
始業式に行ったよ♪2012.04.10 *Tue昨日は、幼稚園の始業式に行ってきましたー。
朝は早めにミルクをして準備万端♪最近、ミルクをすると、Spo2(血中酸素飽和度)
が下がるんですが、訪問看護師さんが8時半ごろ来てくれた時に下がり始め。。。こ
れは始業式、参加できないかも。と頭をよぎりつつ。。。私も「行きたい!!」きっ
とamiも「行きたい!!」訪問看護師さんも「行かせてあげたい!!」だれかが止め
たらいいはずだったんですが、注入後、Spo2が下がるのはいつものことだし、少しし
たら落ち着くから、しんどかったら早く帰ってこよう!とりあえず幼稚園に行こう!

amiにとっては、いつも行けるわけじゃない。機会を逃せば、またなかなか行けなく
なるかもしれない。強い思いが通じたのか、なんとか移動できそうな感じまで落ち着
いたので、訪問看護師さんがamiを抱っこ。私が呼吸器を後ろから持って階段を下り
て、バギーに乗ることができました。介護タクシーに乗ってからは、さっきの様子が
うそだったかのように落ち着き、そのまま幼稚園へ到着。始業式が始まるまで、同じ
クラスのお友達のママ達が園庭で待っていてくれたんですが、出かける前にバタバタ
して遅れてしまったので、みんな遊戯室に入っていました。手の空いている先生の介
助も借りて、amiも遊戯室に入場~!!園長先生が紹介してくれて、拍手で迎えても
らいました。感動で、ウルウルしながらも、一緒に始業式に参加させてもらいまし
た。その間も、amiは、Spo2を下げることなく、落ち着いておとなしくお話を聞いて
ました。amiも幼稚園に来たかったんだよね~♪

園長先生のお話もすごく良くて、やっぱりこの幼稚園に入園して、今も在籍させても
らえて本当に良かったと、痛感しました。年長さんのお部屋は2階なので、バギーで
上がるのは難しいから、amiがいつでも幼稚園に来て一緒に学べるようにと、2階に
あった「なかよしのお部屋」を1階に移動して、amiが来た時はそこのお部屋を使うよ
うに配慮してくれたり、「いつでも来てください」と心強い言葉をかけて下さってい
ます。同じクラスの年長さんのこども達も本当に素直で、amiの病気を素直に受け入
れてくれています。怖がったりすることはなく、「あみうちゃーん」と声をかけてく
れます。それが嬉しくて。眠ったままでも、いろんな機械がついてても、それがあみ
うちゃんなんだ。と認めることができる。って、なかなか難しいことだと思います。

自分と違うということだけで、偏見を持ったり、普通じゃない。と思ってしまうこと
もあるなかで、素直にその存在を受け入れるっていうのは、本当にすごいと思いま
す。それは、amiが通園できなかった時も、園長先生や担任の先生、保護者の方達み
んなが、あみうのことを忘れないように。クラスの一員である。という気持ちを持っ
ていてくれているからだと、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。だって、本当は、
みんなと違って当たり前。同じ人なんて一人もいないし、そのなかで、人と比べ
る。っていうのが間違いなんですよね。人と比べるから、自分自身も大事にできない
し、「違う」ことにばかり目がいくのかもしれないですね。私もamiも本当に素敵な
方たちに囲まれて過ごせています。

最後のさよならの挨拶の時に、amiのバギーを年長さんみんなで囲んでくれて、「み
んなともだち」の歌を歌ってくれました。感動で私は号泣してしまいました。みんな
amiに届くように歌ってくれてる。優しい思いと、きっとamiが喜んでる。きっとami
も大きな声で歌ってる。っていうのが想像できて、いろんな想いが交差して、涙がと
まりませんでした。今思い出しても泣いてしまいます。♪みんなともだち ずっと
ずっとともだち みんないっしょにうたをうたった みんないっしょにえをかいた
みんないっしょにおさんぽをした みんないっしょにおおきくなった♪

そう。幼稚園では、amiも元気に歌って、絵を描いて、泥んこになって、遊んでた。
病気になって、一緒にできることは少なくなってしまったけど、こうして一緒に大き
くなった。そして、ここでみんなの愛情をいっぱい受けている。amiが、元気だった
ら。とは思ってしまう。だけど、私にとって、amiやみんなと一緒に過ごせる時間は、
宝物のような時間。一人ひとりを抱きしめてあげたいぐらい大好きなこども達です。
せっかくおうちに帰ってきたんだから、amiにいろんな経験をさせてあげたい。ママ
と離れるのは寂しいけど、幼稚園が大好きだったami。だからこそ、できるだけ幼稚
園に連れて行ってあげたいと思います。

1年前の4月9日。発症して初めてamiがおうちに帰ってきた日です。「おうちに帰る」
を目標にしてきたけど、本当に帰れるのか不安だった。「一度ぐらいは家に帰してあ
げたい。病院でずっと過ごしてもおかしくない子」と言われていたamiがおうちに帰
る第一歩を踏み出した日でした。1年後の4月9日も、また新たなスタートの予感。憧
れの年長さん。進級おめでとう。ami♪
・・・・・
Amiちゃんおめでとうございます。なんて素敵な日記でしょう。そして、私も胸が
いっぱいになって、本当に本当にうれしかったです。

それから、実は古くからメルマガを読んでくださっているみなさんには、あみちゃん
という大好きなお友達がいたのです。本当に素敵なお友達。そのお友達がまた帰って
きてくれたような気持ちがして、そのこともすごくすごくうれしいのです。どうぞ、
みなさん、ときどきamiちゃんのブログのぞいてくださいね。

http://amikaimama.blog.fc2.com/ ブログ「あみうと一緒に歩いてゆこう」

優さんの介護生活日記ブログから(白雪姫プロジェクト)

4 月 12th, 2012

2012年4月12日のメルマから


今日も優さんのブログを紹介させていただきたいです。ここには、思いを伝え合うと
いうことの原点があるように思いました。ここには図が載せられないので、ぜひ、白
雪姫プロジェクトの情報ブログ~君と話せる日のために~をご覧ください。

http://www.shirayukihime-project.net/hiroba-kara.html

(ここからあかさたなスキャン動画へもリンクしています)

・・・・・
「あかさたなスキャン」かっこちゃんが、宮ぷーの意思を確認するために「あかさた
なスキャン」という方法をとっておられたことはもう皆さんご存知だと思います。私
も良平が意識障害に陥った時になんとか意思を確認したい!思いを汲んであげたい!
と思って作ったのが「あかさたな表」だったのです。5年前のことでしたが、同じよ
うなことをやっていたのですね。(図)これ、ひどい字でしょ?(笑)でもね、必死
だったんです。

良平が言葉を使えなくなって、意志が伝えられずひどい震えもあって書くことももち
ろん出来ず、「どうしよう!どうしたらいい?!考えろ私!」と必死になっていたこ
ろのことでした。まだ意識は落ちていないかった頃なので、良平本人も言葉が伝わら
ないもどかしさに泣いて泣いて苦しんでいました。病院につきっきりで泊まり込んで
いたので、生協に行って(大学病院なので)「何か使えないか?」と探し求めてきた
のが、最初は「単語帳」英単語などを覚えるために一枚ずつめくっていくアレです。
そこに、あ、い、う、え、お・・と一文字ずつ書いてそれをあかさたな別にして紐に
ずらっとくっつけて、良平のベッドの両端から吊るして、良平が手でめくりながら言
葉を選べるようにとそんな思いで、ベッドサイドで作りました。でもこれは体の震え
が酷くなって使えなくなり、次に生協に走って買ってきたのが「色紙」これに、あか
さたな表を書いて、良平に一文字ずつ読んで指し示しながら瞬きやかすかな頷きで答
えてもらうという方法です。看護師さんやお医者様にも使ってもらいました。最初に
これで意思表示した言葉は「子供扱いしないで」というものでした。

これを作成した日、研修医の先生が最終日でその先生に「ありがとうございまし
た」と、物凄く不明瞭で時間はかかったけれど言えたので、「すごいね!良平、良く
言えたね!偉い偉い!」と、私は手を叩いて褒めました。私は、お礼が言えたことを
褒めたのではなく、言葉を言えたことが嬉しくて褒めたのですが、彼には「ありがと
うが言えて偉かったね」と子供扱いされたと感じたのです。それを言いたいのですが
上手に言うことが出来ず、この表を使って1時間くらいかけて上記した「子供扱いし
ないで」という言葉を伝えてくれたのです。
ああ、ごめんね良平!そうじゃないのよ。ずっと言葉が出なかったのに、それが出た
のが嬉しかったし、すごいって思ったの。回復の兆しのように思えたのよって、私の
その説明に、彼はやっと笑顔になって納得してくれたのでした。でも、あの時これが
なかったら、彼の言葉は聞き取れず彼の心に傷を残したままになってしまってい
た・・・それを考えると、今でも怖くなってしまいます。

そして、これに1時間かかったことを踏まえてまた私は生協に走って、こんなのも作
りました。(図)要求がすぐに通じないことももどかしい苦しさです。彼がいつも気
にしていたことを拾い上げて番号でも指し示せるようにしてみました。(図)「ベッ
ドをあげて」「ベッドを下げて」「体だけ起きたい」「パジャマのシワが気になる」
「体のどこかに何かが挟まっていて痛い」(図)「体の向きを変えたい(1)窓側に(2)
洗面台側に(3)上向きに(4)向きはいいけどもっと端っこに寄せて」(図)「右の腎臓
が痛い」「左の腎臓が痛い」「痛み止めを打ちたい」「痛みの度合い1・2・3・
4・5・6・7・8・9・10」(図)「手の指をそらして欲しい」「足の向きを変
えたい」「うがいがしたい」「歯に何かつまっている」「つまようじ又は歯ブラシ」
「おなかがすいた」「のどがかわいた」「布団をはいで」「布団をかけて」「タオル
ケットだけかけて」「ナースコールして」もう必死にサクサク作ったので酷い字です
が(汗)こんな感じで、良平独自の希望を思い出して表にしてみました。図解にした
体の向きや体位などもありましたが、今はどこかにいってしまって見つかりませんで
した。

でも、これらも意識障害が進むに連れて全く役に立たなくなってしまいました。それ
でも、良平の思いをなんとか汲み取りたい!と必死に考えることで、色々思いつくこ
とが出来たし実際に短い間でもそれが出来たので無駄にはならなかったと思います。
逆に回復途中にある方々には使えるかも、そう思って乗せてみました。色紙とマジッ
クペンと思いがあれば簡単に作れます「頑張れ良平!闘病記」←6年間の闘病記録で
す。意識障害は2007年1月から始まりました。
・・・・・

目の前の大切な方が、思いを伝えられずにいる。その状況になったときに、優さんの
ように、なんとか、思いを知りたいし、伝え合いたいという、その一生懸命な思いが
あってこそ、思いは伝え合えるのだなあと、しみじみ思いました。そして、今の意思
伝達の方法や意思伝達の機器ができてきたし、進歩しているのも、そういう思いの積
み重ねなんだろうと思うのです。だから、いっそうその方法や技術は伝えていかなく
てはならないと思います。優さんのこの素晴らしいカードも、ブログの後ろに行って
埋もれていかないようにしたいと思います。
同じく白雪姫プロジェクトの「フィンランドの森ひろば」では、とても素敵な視覚支
援のカードが紹介されています。ぜひぜひ見ていただきたいです。

高齢者施設に白雪姫プロジェクトの事をお伝えしたら。。。優さんより

4 月 11th, 2012

優さんからのメールです。
・・・・・
かっこちゃん、ひとつさん今晩わ。優です。いつもありがとうございます。今日は凄
い日でしたよ!あとでブログにも書きますが、先日慰問に行った高齢者施設で「白雪
姫プロジェクト」の話をして「寝たきりと言われている方々に接したい。このプロ
ジェクトをご家族にも介護者の方々にも知っていただきたい。」と熱く語ってきたの
ですが、ボランティア担当の方が白雪姫プロジェクトを調べて、資料を打ち出して所
長さんに見せてこの話を伝えてくださったそうです。そしたら!是非介入して欲し
い、そしてこの話を広めたい。介護のことなどもお互いに情報を提供し合いたいと
言って下さったと今日お電話があったのです。来月位からその施設の寝たきりの方々
やご家族の方々と接する機会が持てそうです。嬉しい~~~~!!私は良平の介護を
しているので、受け入れて頂き易かったようです。この特権は良平がくれたもので
す。だから頑張らないと!!!

そしてね、その電話のあと母から「お昼を一緒に食べない?」とお誘いがあったので
す。今日は夫も家にいて二人でずっと片付け物をしていたので、お昼ご飯をズルズル
と作らないままでいて「どうしようか?何か食べに行く?」と話してる時でした。渡
りに船!とばかりに早速合流して回転寿司に行ったのですが、両親の他にもう一人女
性のお客様がいらっしゃいました。その方の弟さんが先日脳出血で倒れて、意識は
戻ったものの右半身は完全麻痺。意思表示は全く出来ず、かろうじて左手を握って
「わかる?」と聞くと握り返してくれているような気がするとおっしゃるのです。
「気のせいじゃありません。絶対にわかってらっしゃいます。お姉様が大丈夫と言い
続けてあげてください。体を起こして、たくさん話しかけて」と私はまるでかっこ
ちゃんのように話し続けました。

たくさんたくさん話しました。その方は「凄い希望が湧いてきた」とおっしゃって、
これから頑張る元気が出たと!なんてすごいタイミングでしょう。神様はちゃんと全
部繋げてくださっているのですね。先日の講演会の話もしました。体を起こす方法も
お教えして、本当にその方は「久しぶりに気持ちが明るくなった」と晴れ晴れしたお
顔で帰路に付かれました。かっこちゃん、その方も何とかっこちゃんというお名前な
んですよ。白雪姫プロジェクトの話もしました。弟さんの病院で、弟さんが意思表示
を取り戻して先駆者になってお手本になる!と張り切っておられます。今日の宮ぷー
の左手首の話も伝えました。とってもとっても興味を示して聞いて下さいましたよ。
かっこちゃん、私は今日は興奮しっぱなしですよ~~~「体当たりブログ書いて」と
かっこちゃんからお願いされなかったら、私こんなに頑張れなかった気がします。良
平と一緒に頑張っている気持ちで伝え続けていきます!
・・・・・

優さん、ありがとうございます。本当に本当にありがとうございます。こうして、必
要な方に知っていただけたらと心から思います。神様も応援をいっぱいしてくださっ
ているのですね。本当にそのことを実感しています。

かつこ

病院のお父さんとお母さんのページができました!(白雪姫プロジェクト)

4 月 11th, 2012

2012年4月11日のメルマから


井上竜ちゃんが、白雪姫プロジェクトにあっという間に素敵なページを作ってくださ
いました。それは、病院のお父さんとお母さんのページ。
http://shirayukihime-project.net/otousan-okaasan.html
ぜひ、見てください。本当にぜひ見てください。お父さんのインタビューや、お父さ
んが毎日つけておられるノートも載っています。なんだか文章を読んだら、私、泣い
ちゃいます。

昨日は病院のお父さんとお母さんのところで、インタビューをしたり、ノートも見せ
ていただいたのです。お父さんが何度も「口を動かしたり、目を動かしたりしたの
が、本人の合図やって、言われて初めて気にするようになったら、本当に返事しとっ
たんやなと今はわかる。知らない人にも知らせてあげたい」「僕らのことを知らせて
あげんなん(あげなくてはならない)」と言ってくださったので、実は私も多くの方
に伝えたいと思っているので、お母さんとお父さんのこと、映像に撮らせてください
とお願いしたのでした。

ノートはお父さんのきれいな字で、前向きな言葉で綴られていました。本当に素敵な
ノートです。何枚もとらせていただいたけれど、一番新しいノートをここに書きます
ね。
・・・・・
朝、体温高めでしたが、午後から安定してベストです。顔色も良く、穏やかな表情で
元気そうです。両手の指のマッサージ、リハビリ、痰うけの交換、口腔ケアしまし
た。車いすに乗車して気分転換しました。→山元さんが声かけてくれました。つばさ
んが面会に来て、明日から一年生になることを報告していました。嬉しそうにしてい
ました?ベッドを起こして会話しました。右目の目玉を動かす練習、口を閉じる連習
しました。時々期待に応じようとして頑張っていました。→最高です!!
・・・・・

お母さんに目を開けてもらって(私がそっとまぶたをもちあげました。宮ぷーも同じ
脳幹出血ですが、どうも、閉じるのよりも開けるのが難しいのです)そして、お父さ
んの書かれた文章を読みました。あきらかに、あきらかに、お母さんは、お孫さんの
お名前のところではっとされて、そして、明日から一年生というところで、しっかり
と目で合図をされました。お父さんに、お母さんの目に自分の顔を映して、昨日の日
記を読んでほしいですとお願いしました。お父さんは「お母さんに恥ずかしいわい
や」とおっしゃっておられましたが、きっとこれからは毎日読まれるんだと思いま
す。

お父さんのインタビューの様子もぜひ見てください。お父さんは本当に恥ずかしがり
屋さんなのです。その前にすごくいっぱいいろんなことをお話してくださっていたの
に、アイフォンのカメラを向けたとたん恥ずかしそうに言葉少なになってしまって、
私がお尋ねしないとおしゃべりしなかったり、下を向いてしまったりするのだけど、
でも、またインタビューさせてくださいねとお話するとしっかりと「はい、わかりま
した」と言ってくださいました。これからもお父さんとお母さんの回復の様子をご報
告しますね。

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