パチンコのはなし

パチンコのはなしは休み

パチンコのはなしは休み


ここのところ、少し体調が悪い。
普段あまり熱を出さない代わりに喉がやられる。
今も枯れているという訳だ。
インフルエンザの猛威にもびくともしなかったけれど、ここにきて限界がきたか。
インフルエンザには3年前くらいに一度かかった。
それまで見たことがない、体温計の39℃という数値を目にした途端、余計に具合が悪くなった。
熱を39℃出すと、世界が変わって見える。
色や匂いや感覚が今まで知っていたものたちじゃないので戸惑ってしまう(おかしいのは自分の方なのだが)。
それから、味覚が変わる。
あとは常に全力疾走しているような心臓。
あれは酷かった。
2度とやりたくない。
これはインフルエンザとは全然違うものだが、風邪を引くということは免疫力が低下している証拠だ。
少し早目に寝よう。

今日はパチンコのことは書かないでおこう。

フレンチシックなパチンコ

今日は珍しく早起きをして、コーヒーとトーストの朝食を食べて出掛けた。

いつもは朝は抜きなのだ。

時間がなくて食べられない。

今日みたいに天気が良い日なんかは絶対に早起きがいい。

身体のために、とかではなくて、単純に気持がいい。

朝は時間がゆっくり流れる(気がする)ので、色々なことができるのだ。

作業をするなら、断然夜より朝の方がはかどる。

わかっているのにできないというのは心底不思議だけれど。

ところで、前回の記事で書いた「フレンチシックな外観」のこと。

パチンコの前身がフランス製だということを知っている人がどれくらいいるのだろうか(それとも、パチンコ好きなら誰もが知っていることなのだろうか)。

「バガテル」と呼ばれ、18世紀のフランスの貴族たちに愛された微笑ましい遊戯機だ。
アンティーク雑貨という感じで、とてもコミカルに作られている。

いかにもフレンチ、という感じだ。

ああいう佇まいのパチンコ店なら、雑貨屋と間違えて女性が殺到(?)するかもしれない。

パチンコがそぐわない街

昨日は久しぶりに神楽坂に行った。

あの街はなんとも言えない風情があって、特別見るような場所はないのだけれど歩いているだけで楽しい。

でも、行くたびに思うことは、神楽坂下から神楽坂通り沿いに大型パチンコ店が相次いであることが残念でならないということ。

なぜあそこなのか謎だ。

もっと脇に逸れた場所に建てるわけにいかなかったのだろうか。

神楽坂は小京都と言われていて、今でも芸者がいたり、昔の文豪が執筆した由緒正しい旅館がある。

新しいものと古いものが絶妙に溶けあって、なんともいえない雰囲気を醸し出しているのだ。

そこには、やはりどうしても、パチンコ店の看板はそぐわないように僕には見えるのだ。

神楽坂にはいい店がたくさんある。

入れ替わりも頻繁だが、質は落ちない。

いつかあの街のパチンコ店の外観がフレンチシックになっていたりすることはないだろうか。

隔離されたパチンコの世界

「パチンコ屋さんって、まるで別世界なのよ」

おでんで日本酒の熱燗をちびちびやりながら、綾は言った。綾というのはこうしてたまに食事をしたり、出かけたり、時々はお互いの部屋で一緒に過ごす仲の良い女友達だ。

「別世界?」

「そう。あの空間では、なんでこんなこと起こるんだろうってことが実際に起きる。マナーの良い悪いは通り越して、あそこにいるとモラルなんてものは存在しないも同然なのよ」
綾は、昔パチンコ屋でバイトをしていたことがあるらしく、色んな話を知っていた。
いやがらせの類が一番多いようで、床に煙草の灰を落とす、痰を吐く、台を叩いたり蹴ったりは日常茶飯事だったと言う。

「そんなの、許されちゃうわけ?」
「そういう輩は出入り禁止通達があるの」
出入り禁止にすれば解決、というのは少々違うような気もするが、悪戯の度合いが大人のすることではないのだからどうにもできないのだろう。

「もっと飲むでしょ?」
綾はそういって、追加の熱燗を注文した。

パチンコ屋というところは、僕の想像以上の場所らしい。

パチンコの魅力

僕はあまりギャンブルをしない。
だけど、そういう場所には興味がある。
ゲームセンター、雀荘、パチンコ屋。
煙草の煙と雑多な空気、騒々しい音、音、音。気だるくて、非社会
人みたいな気分になる場所。
そうして、間違いなく俗物になれる場所。
第一、謎がいっぱいだ。
開店前からわざわざ並んで目当ての台を陣取り、何時間も座りっぱなしで
ひたすら玉を打つ。
それで稼いでいると言われればもちろんそうするべきなのだろうが、あんな風に一点に集中できることが僕には考えられないのだ。
静かなオフィスならいざ知らず、あんな騒々しいところで。
食い扶持を稼ぐというのはまだ理解できても、ただパチンコが好きで何時間も座る人というのがまた良く分からない。
パチンコにはどんな魅力があるというのだろう。
僕だってパチンコをしたことがないわけじゃない。
興味はあるが、長い時間居るのは御免だ。

確かに、心配性ではある。
損をしたらどうしよう、全然当たりが出なかったら・・・と思いながら打つのだから面白くないのは当然だ。
そうなるとこれはパチンコに魅力があるというよりも、性格的な要素がより関係してくるのだろうか。
心配性には向かない大人の遊び。
じゃあ、楽観主義者には向くのだろうか?
「当たるかどうかわからないし損をするかもしれないけど、まぁいいか」というような?

それってなんだかちぐはぐじゃないか。

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