サントラ "Yu-Gi-Oh! The Movie"
2004年8月、北米での映画公開に先立ち、サントラCDYu-Gi-Oh! The Movieが発売されました。

これは、映画の公式サイトでも一部試聴できます。(SOUNDTRACKをクリック)
サントラには歌詞カードが付いていなかったので、英語の歌詞をご覧になりたい場合はAnime Lyrics (com) http://www.animelyrics.com/anime/yugioh/ を参考にして下さい。
サントラと言っても、1曲を例外として、映画中でこれらの曲が使用されていたわけではなく、映画終了後のクレジットのBGMとして流れていました。
The Black Eyed Peasという有名なヒップホップバンドを起用した歌が入っていました("For the People")が、彼らの歌は「映画のイメージに合わない」とファンの間ではそれほど評判は良くなかったようです。
映画中で使われたのは、下の"You're Not Me"1曲です。
作詞者の一人として、プロデューサーでもあり、脚本にも携わっているGrossfeld氏の名前があります。
米版遊戯王の制作責任者が直々に書いた歌詞とすると、力の入れようがわかりますね。
この歌は映画中では、いわば「海馬のテーマ」となっていました。
ペガサスが隠居生活を送る島に向かって、海馬がヘルメットを被り青眼機に乗って飛び立つシーン。
そのバックにカッコ良く流れていたのが、この歌です。
遊戯のテーマソングは映画中に登場しないのに、海馬だけテーマソング付きということから、米版スタッフの海馬への思い入れが感じられます。
歌詞を読むと、米版スタッフの描く海馬像が垣間見えるような気もします。
(訳詞:ピグモん)
| You're Not Me (お前はオレとは違うから) 曲・詞John Siegler & Norman J. Grossfield プロデュース: John Siegler |
| オレは欲しいものなら何でも持っていると お前は思っているんだろう オレは成功した人間だと 誰もが思ってる それなら 友達と呼べるのが オレが金を払う相手だけなのはどうしてだ 誰もわかっちゃいない オレがたった一日の間だけ 自分の人生を変えるためなら どんな犠牲も払う覚悟だっていうことを 「もしボクがキミだったら」とか 「こうすればいいのに」とか 「ボクがキミの立場だったら」だなんてセリフはやめてくれ お前はオレとは違うから オレが何を求めているのか わかっているだろう? 優しい言葉を聞きたいわけじゃない お前の言うことには 飽き飽きしてるんだ オレが求めているものをくれ そいつをくれるなら オレは喜んですべてを投げ出すだろう 「もしボクがキミだったら」とか 「こうすればいいのに」とか 「ボクがキミの立場だったら」だなんてセリフはやめてくれ お前はオレとは違うから オレをオレのあるがままに受け取ってくれ こんなはずじゃなかったんだ お前にはきっと理解できないだろう お前はオレとは違うから 良くしてくれるのはわかってる だがお前のつまらないアドバイスはもうご免だ 今は、オレ自身のやり方で オレ自身がダイスを振るんだ どんなヤツだって買収できるさ 長いこと オレには許されなかった オレのターンだ そこを退いてくれ 自分のプライドを取り戻すために 何もしなかっただなんて 誰にも言わせはしない そうさ お前は決してオレじゃない お前がオレとは違うってこと どうしてわかっちゃくれないんだ 「もしボクがキミだったら」とか 「こうすればいいのに」とか 「ボクがキミの立場だったら」だなんてセリフはやめてくれ お前はオレとは違うから 助けられるものなら助けてくれ こんなはずじゃなかったんだ お前にはきっと理解できないだろう お前はオレとは違うから |
米版の遊戯王では公式サイトなどで海馬というキャラクターを紹介する時、 "millionaire"(大金持ち)という言葉が必ず出てきます。
アニメ中でも、城之内などが海馬を罵る際に、"Rich Boy!"(金持ち!)と言って罵ることが多いです(笑)。
海馬は金を持っていて成功した人間だと世の中では思われてはいるけれど、内心は友達が欲しくて、助けて欲しいと思っている…どこかそんな自分に対する憐憫を表した歌詞には、なっていないでしょうか?
米版の映画では最後、海馬が去って行ったあと、表遊戯が「海馬くんは友達がいなくて気の毒な人だ」というニュアンスのセリフを言うのですが、これはそのまま、米版スタッフによる海馬というキャラの位置づけを表しているような気がします。
映画のサントラ中、遊戯のテーマソングをあげるなら、次の"One Card Short"でしょう。
やはり、作詞にGrossfeld氏の名前があります。
この歌は、映画終了後のクレジットロールで、真っ先に流れていました。
映画用に書き下ろされた歌ではなく、2003年1月ごろマクドナルドの「マイティー・キッズ・ミール」のオマケだったYu-Gi-Oh!のCD-ROMにすでに収録されていた歌です。
(このCD-ROMには、アニメのサントラの他、壁紙やゲームなどが入っていたそうです。)
One Card Shortというのは、「一枚足りない」という意味ですが、映画中はで魑魅魍魎と化したアヌビスが遊戯に"You are one card short!"(お前はカードが一枚足りない=力不足だったな)というセリフがあって、サントラの歌詞に繋げようという意図が感じられました。
(訳詞:ピグモん)
| One Card Short (一枚、足りない) 曲・詞:John Siegler and Norman J. Grossfeld 歌:James Chatton |
| 人生はただのゲーム 誰だって勝ちたいと思ってる 手の内は秘密 モンスターを解き放て 始まる前に 終わっていることもある 誰かが傷ついたりしたら 勝ったって何になる? (繰り返し) いつだって カードが一枚足りない いつだって 一日遅れてしまう せめて一度でいいから 喜べるエンディングを迎えたい デッキを組んだのはボク だから責めるべきはボク自身 あとワンターンあればいい 最後のチャンスが欲しい 示したいんだ ボクがこのゲームに勝てるってことを 人生はただのデュエル それが世界のからくりだ でも、ボクたちはプレーヤー? それともボクたちはただの駒? (繰り返し) 次に起こることを 君は左右できる? 自分のしたいことをしてる? それとも言われたことをしてるだけ? カードは自分の手札から選んでる? それともボクたちは皆 マスタープランの中の操り人形なの? (繰り返し) 一枚足りない 一日遅れてしまう 何でもいいから 何か祝福すべきことが欲しい デッキを組んだのはボク だから責めるべきはボク自身 あとワンターン このゲームに勝ってみせる あとワンターン このゲームに勝ってみせる そしたらお祝いしよう |
軽快で親しみやすい次の曲は、表遊戯が学校で居残りさせられている歌だと、私は勝手に思っています。
(訳詞:ピグモん)
(訳詞:ピグモん)
| How Much Longer (どれだけ待ったら?) 曲・詞:Jen Scaturro and Julian Schwartz 歌:Jen Scaturro |
| ボクは部屋に缶詰めで コイツはちっとも片付かない どっかに隠れてしまいたい こんなのボクには耐えられないよ コイツがいったい何の役に立つのか ボクにはさっぱりわからない 頭が変になりそうだ ボクがしたいのはただ一つ ここから逃げ出すことだけさ (誰か教えてよ) どれだけ待ったら これが終わるの どれだけ待ったら お日様に当たれるの もう待ちきれないよ どれだけ待ったら あのゲームで遊べるの 頭の中はそのことだけ ボクには時間があまりないんだ もう待てないよ 時計の針は全然進まないし いつまでたっても出られない 今度はただの休憩なんかじゃ済まないよ ボクがしたいのはただ一つ ここから逃げ出すことだけさ (誰か教えてよ) さっきから同じことの繰り返し いつになったら 遊べるの? (誰か教えてよ) (誰か教えてよ) あのゲームがしたい あのゲームがしたい あのゲームがしたい… |
次の"Shadow Games"(闇のゲーム)は女性が歌っているため、ファンたちの間ではマリクによって闇に落とされた孔雀舞の歌ではないかと言われたり、ancient past(古代の昔)という言葉から、アヌビスと闇遊戯の歌ではないかとか言われたりしていました。
第1節の"in the dark shadow realm under a big full moon"(大きな満月の下の暗い闇の世界で)という言葉に、何やらとても幻想的なイメージをかきたてられます。
闇のゲームによって闇に落とされた「私」が闇から這い上がって「あなた」に闘いを挑む、という内容ですが、音楽も相まって、私の耳には「Shadow Games(闇のゲーム)」という言葉が、どこか官能的な響きを持って聴こえてしまいます。
(訳詞:ピグモん)
第1節の"in the dark shadow realm under a big full moon"(大きな満月の下の暗い闇の世界で)という言葉に、何やらとても幻想的なイメージをかきたてられます。
闇のゲームによって闇に落とされた「私」が闇から這い上がって「あなた」に闘いを挑む、という内容ですが、音楽も相まって、私の耳には「Shadow Games(闇のゲーム)」という言葉が、どこか官能的な響きを持って聴こえてしまいます。
(訳詞:ピグモん)
| Shadow Games (闇のゲーム) 曲・詞:Wayne Sharpe and Trixie Reiss 歌:Trixie Reiss |
| 昔 遥か昔に あなたに初めて会った時のこと 私は覚えている 大きな満月の下 暗い闇の世界 あそこで あの時 あなたは私の意志を砕こうとした でも 今 私は新たな高みに昇る 私の狂った闘いの叫びが 一晩中こだまする あなたは幾度も闇のゲームを繰り返す でも 私は再び負けたりはしない あなたは幾度も闇のゲームを繰り返す 今度勝利を手にするのは私 時は流れ あなたは気付いている 自分がいつも最高ではいられないということに 闇から甦った私が あなたを追い詰める あなたが最も輝く日が あなたが闇に落ちる時となる そう 今 私は新たな高みに昇る 私の狂った闘いの叫びが 一晩中こだまする あなたは自らの過去によって 来るべき未来を壊した 試練から得た教訓を忘れてしまった あなたは清く気高きものを 一度も理解しなかった 今日こそ あなたが終末を迎える日 そう 今 私は新たな高みに昇る 私の狂った闘いの叫びが 一晩中こだまする |
"The Great Pretender"
直訳すると、上手に装う(振りをする)人、となります。
Queenが昔同じタイトルの歌を昔出していたようです。
歌詞を見てみましたら、Queenの"The Great Pretender"は道化師のように悲しみを偽りの顔で装って生きていくという辛い歌詞です。
Queenの歌詞には、"dream"だとか"adrift in a world"といったフレーズがあって、Yu-Gi-Oh!サントラの歌詞と何となく重なります。
しかし、Yu-Gi-Oh!サントラの"The Great Pretender"は、人生を達観した振りをしつつ生きていけるのは「キミの言ったこと全部信じてるから」。
それは、希望のある、ポジティブな歌だと私は思っているのですが…。
(訳詞:ピグモん)
| The Great Pretender (完璧な演技) 演奏:The Jon Frederik Band 曲・詞:Jon Frederik |
|
悩みのない子供のように この人生をさまようのか? 大好きなものを恐がったり 恐れているものを求めたりするのか? 世界が崩れ落ちてきたら お前はにっこり笑ってこう言うのか? 「ボクの演技は完璧さ いつまでも喜んで夢を見続けるよ」 プカプカと浮かびながら 波に身体を委ねるよ ここでブラブラしながら 世界が頭の上を通り過ぎていくのを見るよ だって ボクは今でも キミが言ったこと 全部信じてるから 真実を求めているのに でくわすのは嘘ばかりだって? 誰かが行く手を阻んだあげく すべての答えを偽りに変えてしまったって? 世界が崩れ落ちてきたら お前はにっこり笑ってこう言うのか? 「ボクの演技は完璧さ いつまでも喜んで夢を見続けるよ」 プカプカと浮かびながら 波に身体を委ねるよ ここでブラブラしながら 世界が頭の上を通り過ぎていくのを見るよ だって ボクは今でも キミが言ったこと 全部信じてるから ボクが頑張ろうとするのはなぜだろう ボクの演技は完璧さ いつまでも喜んで夢を見続けるよ |
次は"Blind Ambition"です。
米ファンの間では、城之内をイメージした歌ということで、大体意見が一致しているようです。
英語版城之内は、時々自分の名前Joey Wheeler(ジョーイ・ウィーラー)の前にJumping(飛び跳ねる)という枕詞(?)をつけて自己紹介することがあります(KCグランプリ編では、磯野さんが城之内を紹介するときに、やはり"Jumping Joey Wheeler"と紹介していました)。
曲は元気溌剌と跳ねている感じだし、途中「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」というかけ声が挟まれていたりして、"Jumping Joey Wheeler"にはぴったりの感じの曲です。
タイトルの"Blind Ambition"(盲目的な野望)というのも、城之内のイメージに合っていますよね。
ただ、歌詞をよく読んでみると、「盲目的な野望」というのは、自分の抱いている劣等感の裏返しであることが見えてきます。
例えば、
"I wanna be the hero not a zero."
「ゼロ」と「ヒーロー」が韻を踏んでいるのですが、「ゼロではなくて、ヒーローになりたい。」
これは、つまり自分が「ゼロ」に近い存在だと暗に言っているわけですよね。
"I'm subtraction by addition."
直訳すると、「オレは足し算による引き算だ」。
オレは人生に、あるいは社会に、何か価値のあることを加えたい。でも、結局は(オレの存在によって)価値が下がってしまう結果になる。
まぁ、初期の城之内ならともかく、バトルシティを闘い抜いた城之内は、そんなに自分を卑下することはないと思うんですけどね。
(訳詞:ピグモん)
米ファンの間では、城之内をイメージした歌ということで、大体意見が一致しているようです。
英語版城之内は、時々自分の名前Joey Wheeler(ジョーイ・ウィーラー)の前にJumping(飛び跳ねる)という枕詞(?)をつけて自己紹介することがあります(KCグランプリ編では、磯野さんが城之内を紹介するときに、やはり"Jumping Joey Wheeler"と紹介していました)。
曲は元気溌剌と跳ねている感じだし、途中「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」というかけ声が挟まれていたりして、"Jumping Joey Wheeler"にはぴったりの感じの曲です。
タイトルの"Blind Ambition"(盲目的な野望)というのも、城之内のイメージに合っていますよね。
ただ、歌詞をよく読んでみると、「盲目的な野望」というのは、自分の抱いている劣等感の裏返しであることが見えてきます。
例えば、
"I wanna be the hero not a zero."
「ゼロ」と「ヒーロー」が韻を踏んでいるのですが、「ゼロではなくて、ヒーローになりたい。」
これは、つまり自分が「ゼロ」に近い存在だと暗に言っているわけですよね。
"I'm subtraction by addition."
直訳すると、「オレは足し算による引き算だ」。
オレは人生に、あるいは社会に、何か価値のあることを加えたい。でも、結局は(オレの存在によって)価値が下がってしまう結果になる。
まぁ、初期の城之内ならともかく、バトルシティを闘い抜いた城之内は、そんなに自分を卑下することはないと思うんですけどね。
(訳詞:ピグモん)
| BLIND AMBITION (ヤミクモな野望) 演奏:The Deleted 曲・詞:Russell Velazquez |
|
オレは世界を変えたい オレの真珠を見つけたい 最後に可愛い娘をゲットする そんなヤツにオレはなりたい 出し抜かれたくない 誰にもひけをとりたくない 皆にとっての ヒーローでありたい ゼロじゃなくってさ でもオレってやつは 足し算してるのに引き算 それにかなり下手なマジシャンだ 自分の使命もわかっちゃいない ただヤミクモに野望を抱く どこにでもいそうな一人の男さ 頂点に立って マイクを独り占めしたい 誰も持ったことのないような 素敵なレコードを オレは吹き込みたい 病人をみんな治してあげたい ドル札にオレの顔をのせたい 禅を極めた人になりたい 丘の上のバカじゃなくってさ オレの嘆願書にサインはして欲しくない オレは破滅への道を掘り返してる オレは新たな表現でありたい ただヤミクモに野望を抱く どこにでもいそうな一人の男さ それはオレの中の気持ち それはお前の中の気持ち 誰もが自分の場所を見つけようとしてる そして自分の権利を主張するんだ |
